『ジョジョの奇妙な冒険』について、よく「4部以降ラスボスが弱くなった」という話が出てくるが、私はこの言説について常に違和感を持ち続けている。なぜなら、第1部ファントムブラッドのディオ・ブランドーはジョナサン達に対して基本的に焦りまくっているからである。権力と支配を渇望する悪の帝王であり、名悪役の代名詞でもある彼だが、少なくとも第1部においては非常に人間臭く、それがむしろ魅力に繋がっていると私は考えているため、第3部のイメージに偏って語られるディオ=強者という価値観にはいつも首を傾げてしまう。もちろんディオが名悪役であることに異論はないが、それはそれとして彼は想定外に弱すぎるきらいがある。自分の実力に絶対的な自信を持っているために、それが打ち破られた時に咄嗟に巻き返すことができず、いつもジョナサンに敗北してしまうのだ。そう、第1部におけるディオ・ブランドーの敗因は、戦略の幅を広げなかったことなのである。変化に順応できず自分が絶対的に強く正しいと驕る巨悪。それこそがディオ・ブランドーの正体なのだ。
ジョースター卿から盗みを働こうとするようなクズ父親のダリオ・ブランドーによって育てられた(育てられたかも怪しい)彼は、品性の欠片もない父親を蛇蝎の如く忌み嫌い、その墓に唾を吐く始末。しかし自身がのし上がるためにはどんなものでも利用するという図太い精神の持ち主でもあり、ダリオの遺産であるジョースター家との繋がりを伝手にジョースター卿の養子となる。彼がジョナサンの愛犬であるダニーを蹴り上げて終わるのがこの漫画の第1話。父親への嫌悪感だけでなく、犬を蹴るという残虐性で強烈な印象を残すこととなる。
元々ジョナサンを精神的に追い詰め、ジョースター家の遺産を独り占めする算段だったディオ。外面を良くするつもりなのであれば、初見で犬を蹴るのはどう考えても悪手なのだが、それほどまでに彼は犬が嫌いだったのだろう。人間にへーこらする態度に虫唾が走ると言っていたが、何よりも権力を望む彼の言動としては完全に一致する。ジョースター卿が犬を蹴られてなお彼を快く迎え入れたことにはまったく共感できないが、ディオは最初から「ジョナサンをとにかく追い込む」ことは決めていた様子であり、ジョースター卿の前では愛想良く振舞いながらも、ジョナサンに対しては敵意剥き出しで接していた。
ディオが礼儀正しくいることでジョナサンのダメっぷりが浮き彫りになっていく。そんな中でもジョナサンはエリナと恋に落ち、孤独に陥ることはなかった。手を尽くしたのにどうもジョナサンに何か生きる原動力があるようだと気付いたディオは、エリナと無理矢理キスをする。こんなのはチクられたら一巻の終わりだと思うのだが、そこは時代背景もあるだろうし漫画的な都合もあるのだろう。しかし、ここで肝心なのはディオが「孤独は人から生き甲斐を奪い、腑抜けにする」という考え方を持っていること。彼は強者ゆえに自分自身と孤独を結び付けて考えることは一切していないが、人間が孤独によって堕落することは理解している。この時点で既に自分と周囲を線引きしていることが窺え、石仮面などなくとも自分は人間を超えた生物…とまではいかずとも、自分は他の奴等とは違うといった思想が強く表れていることが分かる。お前等人間は孤独に陥るようなクズだからな、ま、俺は違うが。くらいには思っていそう。一方でジョナサンとダニーの間、つまり人間と犬の間に友情が生まれるという考えには自分一人では思い至らず、ジョースター卿の話を聞いて驚いたような顔を見せる。これもまた共感性の欠如を表しており、多分ディオは自分と他の人間を、人間とペットくらい違うものと考えていたのだろう。だからこそ、その間に友情が結ばれるという思考を持っていなかった。
ジョナサンを孤独に追い込みエリナの唇を奪った彼は余裕をぶっこいていたが、様子のおかしいエリナを見て反撃してきたジョナサンの予想外の猛攻に取り乱し、終いには刃物を取り出す。その後自分の欠点は怒りっぽいことだと反省する辺りが一途でかわいらしい。ただここで、ディオが想定外に弱いということが描写されている。周りの人間を全員見下しているために、自身の計略にイレギュラーへの想定を含んでいないのである。もし現代の社会人だったら致命的だったかもしれない。ただ、やはり反省できる点は非常に好感が持てる。
それから7年。遺産を奪うためにジョナサンと表向きは仲良くするよう方針を変え、自身の父親と同様、ジョースター卿に少しずつ毒を盛り殺害計画を進めていく。だが、毒を盛っていたことがジョナサンにバレて動揺するディオ。友情なんて築いていないくせに「友情を失うぞっ!」とジョナサンの誠実さに賭けるが、結局ジョナサンは薬を調べに出かけてしまう。おそらく直前までは、ふっふっふ、後はジョースター卿を殺して遺産を奪うのみ…くらいに思っていたのだろうから面白い。本当にこいつはイレギュラーに弱い。結局自分の悪事が暴かれつつあるストレスに耐え切れず、酒を飲まずにはいられないのだから。そして酔っ払いを石仮面の実験台にした際もガキのように取り乱す。「あの太陽が最後に見るものだなんて嫌だーっ!」そりゃ嫌だろうが、ちょっと詩的な言い回しなのが面白い。こんなところで死にたくないなんて安直なことは言わず、死の間際でも朝日が昇る情景描写を怠らないプロ意識。頭が上がらない。その後の「フーフー吹くなら~」などの台詞もそうだが、ディオは教養があるおかげで語彙が豊富であり、それがまた悪のカリスマという印象を引き立ててくれている。
そしてジョナサンが帰還。無事にジョナサンが帰還したことに驚いていたが、今回は石仮面の真相を知ったためにかなり強気。まずは懺悔で同情を誘おうとするが、スピードワゴンによって生まれついての悪であることを見抜かれ、結果的に人間をやめることに。途中まではとりあえずジョナサンを殺すか…くらいに思っていたのかもしれないが、結果的にジョースター卿まで登場してしまったために秘策で対応することになる。吸血鬼となってからはディオ無双である。次々と人を殺していく残虐な悪人。これまでは遺産を奪うために水面下で計画を進める方針を取っていたが、吸血鬼となって人間を超越した彼にとっては財力など必要ない。酔っ払いに絡まれた後の帰り道で思いついたのか、ジョナサンとの会話の中で必要に迫られ思い至ったのかは分からないが、結果的にディオは生物の頂点に君臨する道を選択した。
人間の血を吸って回復する吸血鬼にとって、ジョナサンを殺すことなど容易いはずだった。しかし、ディオは吸血鬼となったことに慢心し、ジョナサンの子供のころからあった侮ってはいけない爆発力のことを忘れ、幸運の女神像に突き刺さってしまうのである。多分ディオはIQこそ高いし外面を良くすることによって愛想良く振舞うこともできるが、状況への対応力や咄嗟の判断力が決定的に弱い。そして、そんな彼の想定を超える動きをしているキャラクターが少なくとも1部においては宿敵のジョナサンだけであるということが、この2人の因縁を更に強固にしていく。ディオは勇気や精神力を軽んじているために、その象徴であるジョナサンの実力を何度も見誤ってしまうのである。
何とか生き延びたディオは切り裂きジャックやタルカス、ブラフォードをゾンビとして部下にし、気化冷凍法を身に着けてジョナサン達と対峙する。前回の敗北の反省を活かすだけでなく、波紋が血液の流れに由来するエネルギーであることを見破り、即座に対応してツェペリにダメージを負わせる辺りがさすがである。やはりディオは自分の想定の範囲なら存分に力を発揮し、誰にも負けることはない。タルカスとブラフォードにジョナサン達を任せている間に、自身はウインドナイツロットを支配下に置き、住人を次々とゾンビに変えていった。道楽で犬と人間の死体を繋ぎ合わせたり、女性を誘惑したりとやりたい放題である。
そして遂にトンペティ達と合流したジョナサンと対峙。ダイアーの初見殺しの必殺技・稲妻十字空烈刃を見事に打ち破るが、首だけになったダイアーの波紋を流した薔薇を喰らうことは予想外だったらしく、怒り狂う。ちゃんと顔まで凍らせればよかったのに、どうして油断してしまうのか。こういう慢心がディオの悪いところである。片目に傷を負ったまま、いよいよジョナサンと対決することになるのだが、この男は気化冷凍法に絶対の自信を持ってしまい、またしても敗北することになる。体が真っ二つにされても「貴様を認めよう」とジョナサンを煽る言葉を吐くなど余裕を見せつけていたくせに、回転して手袋に火をつけて殴り掛かってきたジョナサンにそのまま波紋を流されてしまうのだ。死ぬ間際に目からビームを放つものの、ジョナサンには当たらずそのまま落下してしまうディオ。何とか脳に波紋が達する前に首から下を切り落とし一命を取り留めるわけだが、それにしても気化冷凍法に絶対の自信を持ち過ぎである。いつも慢心ばかりで二の矢を持たないために、策が駄目になるとあっさりとやられてしまうのがディオ・ブランドーの悪癖なのだ。
それから2ヶ月ほど経過し、ジョナサンとエリナのハネムーンの船に同乗したディオ。失ってしまった首から下、つまり新たなボディとして自らが唯一認めた人間であるジョナサンが相応しいとし、船中の人間をゾンビにすることで彼の身体を狙おうとしたのである。常に自分の想定を超えてくるジョナサンへの侮辱は許さないと、部下であるワンチェンにまで怒るディオ。ジョナサンは他の奴等とは違うという考えに至れたという意味では一歩成長である。しかし皮肉なことに、ジョナサンにとどめを刺そうと生き急いだワンチェンが反撃に遭ったことで船は爆破待ったなし。とはいえ、太陽の下で生きられないディオは今回、脱出用の1人用シェルターを用意していた。ただ体を奪うだけでなく、ちゃんと後のことを考えられている辺りは偉い。しかし、死んだジョナサンの腕に包まれた彼は脱出することができないまま、船と共に爆破。やはり最後までジョナサンのほうが一枚上手だった。何なら用意してきたシェルターはエリナの脱出に利用されてしまう。
というように、第1部のディオは計画性に乏しい。周囲を見下しているがゆえに自身の案を過信し、それ一本で勝負するスタイルを取っている。格ゲーで必殺技を出すことに固執する小学生と何ら変わらない。もちろんディオが持参したその唯一の策がとても強力であることは認めるが、ジョナサンは周囲に恵まれる上に知恵と勇気でディオの策を上回っていく逸材。ディオはイレギュラーが起きた時に対処できるように戦略の幅を広げるべきだったのに、ジョースター卿への服毒も、石仮面による吸血鬼化も、気化冷凍法も、自分の案が絶対だと信じて疑わなかった。それがディオの敗因である。吸血鬼化後すぐに、「策を弄すれば弄するほど人間には限界があるのだよ」とジョナサンに言っているが、お前はもっと策を弄したほうがいい。これが『HUNTER×HUNTER』や『BLEACH』の世界だったら即負ける。能力バトルがまだ定着していない時代の漫画のキャラだったことを幸運に思ってほしい。



