韓国からやってきた、いじめっ子をボコボコにする教師を拝むことのできるアクションコメディ映画、それがこの『勇敢な市民』である。個人的な印象かもしれないが、いじめを題材にした映画やドラマにはどこか暗い、陰ったイメージが漂っているような気がする。いじめという行為の陰湿さが、自ずと物語を暗がりへと導くのかもしれない。もちろんいじめは許されることではないし、いじめなんて可愛らしい平仮名3文字の名称を即刻廃止して新たな犯罪として命名されるべきだとも思っている。だがそれはそれとして、いじめを題材にした作品が暗いものばかりというのは少し辛い。というより、いじめとコメディが両立するなんて発想がなかった。その見事な空隙を狙った『勇敢な市民』は、いじめコメディというだけでなく、ボクシングを下地にした緊迫感のあるアクション要素さえ含んでいるとんでもない映画だったのだ。
主人公はソ・シミン(小市民)という非正規雇用の教師。一見小柄な女性だが実は数々の格闘技に精通しており、ボクシングのオリンピック候補にまで上り詰めた程の実力を持っている。要は、かなり強い。そんな彼女が赴任先でハン・スガンという権力と暴力で学校を支配する強大な悪と戦う物語。スガンは生徒の1人ながら検事の父と理事長の母のおかげでやりたい放題。取り巻き達と共に生徒や教師を弄んで暮らす日々を送っており、シミンの前任は彼のせいで自殺にまで至っている。問題を起こせば正規雇用になれないぞと他の教師から脅されながらも、スガンの悪行を見過ごすことのできなかったシミンは、猫のお面を着け、正体を隠してスガンと戦うことを決意する。
スガンのパンチを飄々とかわすシミンがポスターになっているのも面白いが、この1枚こそがまさにこの映画を表現していると言っても過言ではない。いじめを断固として許さないという毅然とした態度も感じられるが、それ以上に映画としての面白さ・痛快さが勝る。湿気のない、カラッとしたいじめ撲滅映画なのだ。最初はどう繋がるのかも不明瞭だったチキン屋のメンバーが、どんどん物語に加わっていく面白さはとてつもない。序盤は賑やかしのコメディ要員として、そして徐々に彼等の過去が明かされていき、その思いの一つ一つがスガンの拳に込められる。人間関係の相関図が少しずつ埋められていく爽快さが素晴らしかった。
スガンの標的となったジニョン、彼が狙われたのはそもそもスガン達に絡まれていたキンパ売りの祖母を助けるため。売り物のキンパは道に捨てられ、タバコの吸い殻まで撒き散らされ、落ちたキンパを食べるよう命じられるジニョン。彼に従わなければ祖母の命がどうなるか分からない。つまり彼は大切な家族を守るためにひたすら耐えていたのだ。その時、標的がジニョンに代わったことでそれまでいじめられていた生徒は解放される。しかしスガンを倒しジニョンを救うため、彼はチキン屋のバイトに励みながら日夜特訓を重ねていた。そしてそのチキン屋では、シミンに格闘技を教えた父親も働いているのである。
ジニョンに対してシミンは転校を勧めるが、間違っているのはスガンなのにどうして自分が生活を変えなければならないのかと聞く耳を持たない。この時頑なに転校を拒んでいたのは祖母を守るためでもあったのだろう。最初こそ偶然居合わせた風を装ってスガンからジニョンを助けるが、シミンは段々と戦いの中に身を置くことになっていく。猫の面を被って戦いに挑むシミンだけでなく、保守派で事なかれ主義に見えた先輩教師のジェギョンが実は過去にスガンを追放しようと試みているなど、各キャラクターの二面性が輝く作劇が見事。チキン屋の青年が過去にいじめられており、ジニョンが自分の代わりとなったことを悔やんでいると告白するシーンは特に素晴らしかった。
一旦は正規雇用を目指して暴力から離れたシミンだったが、生徒達のために遂に動き出す。絡んできた酔っ払いに強烈な蹴りをお見舞いするシーンで一気に物語のギアが上がっていく。この映画はとにかくアクションが見事で、てっきり主演のシン・ヘソンはアクション俳優か何かなのかと思っていたのだが、実際には半年に及ぶトレーニングでこの身体能力を身につけたという。高く足を上げるだけでなく、素早く敵の攻撃をかわし、リングに何度も倒れるなど、素人にも分かる凄味のあるアクションを、半年のトレーニングでここまで展開できるというのも驚きである。対するスガン役のイ・ジュニョンもかなり動く。いじめっ子とは思えない瞬発力と身のこなし。彼は元々U-KISSというアイドルだったらしいのだが、ここまでのアクションを見せつけてくれるなら、これからももっとアクション映画で活躍してほしい。
シミンには八百長に乗ってボクシングオリンピック選手への道を不意にした過去があったが、その意趣返しのように、映画の最後にはリングでの対決が待っている。猫仮面の正体が判明し、学校中が一丸となって彼女を応援するラストはとにかく素晴らしい。試合前に有志の生徒達が猫仮面を無料で配布する、みたいな、いよいよスガンを倒せるぞという高揚感が画面からびしびし伝わってくる場面も非常に良かった。
いじめシーンの胸糞悪さと、実は強い主人公という流行りのコメディを掛け合わせ、ドラマとして昇華できている点にとにかく感動してしまった。家族ドラマなども並行して描かれるが、メインはシミンとジニョンの教師と生徒という関係性。その軸がブレることなく、変に恋愛要素を入れ込んだりもしない点が非常に好感触。面白さと胸糞悪さをここまで両立できる演出と脚本には素直に感心した。コンビニで1人夕飯を食べるシミンをスガン一派が茶化しにくる場面の胸糞悪さは特に最悪で最高。コンビニに集団で来店するというだけで既にヘイトが溜まるのに、好き勝手シミンを触りまくって写真を撮り被害者ヅラ。直接的な暴力がなくとも殴り倒したくなるこの居心地の悪さ、本当に辛かった。そうやって溜めに溜めた後で、シミンが打倒スガンへと決意を固めるからこそ、カタルシスがある。
コメディ映画として観るとそれ以外の部分の細やかさにかなり面食らうのではないだろうか。レーダーチャートで言うなら、満遍なく平均点以上を取っていて隙のない綺麗な形になるようなイメージの映画だった。