アニメ『X-メン』シーズン5 評価・感想

いよいよ最終シーズン。シーズン1の感想を書いたのが3/21なので、約一ヶ月半で完走したことになる。と言ってもこのシーズン5の6話まで観たまま一ヶ月近く寝かせてしまっていただけなので、実質は半月ほどで観たことになるのだろう。最後となるシーズン5はこれまでで最も短い全6話。集大成のような趣もなく、むしろこれまでで最も番外編的エピソードが多いシーズンとなっている。個人的には大味な長編よりも1話完結のほろ苦いエピソードこそがこの作品の強みだと思っているので、最終シーズンが長編になっていないのは非常に嬉しい。ただ一方で、さすがに最後くらいはもう少しまとまりがあってもよかったのではないかなとも思う。Disney+で配信されている順番が本放送の順番ではないのだが、それはそれとしてもう少しうまく構成できなかったのかと。

 

第1話、2話は前後編。ファランクスなる機械生命体によってミュータントや街が次々と取り込まれてしまうホラー系エピソード。シニスターがエグゼビアに助けを求める序盤で異常事態が発生していることがしっかりと表現されている。私は『ジョジョの奇妙な冒険』第5部のチョコラータ戦が本当に恐ろしいと思っていて、この前後編にもその趣があった。やはり徐々に世界が侵食されていく恐怖に勝るものはない。1人助かったビーストとファランクスの継承者であるウォーロックの戦いが描かれる中で、様々に変化し人々を騙して取り込むファランクスの狡猾さがスリルを掻き立てる。ゾンビものらしいテイストでありながら、X-MENが序盤にやられてしまったためにビーストがシニスターやフォージなど珍しいメンバーと組むことになる。これまでで最も世界の危機が印象的に描かれており、最終シーズンの幕開けにピッタリなエピソード。突然変異によって生まれたミュータントの物語に、多様性を奪うウォーロックをぶつけるのも凄い。

 

第3話、4話の「ポラメカスの女神」もなかなか面白い前後編。異星人の王であるアーコンが惑星を守るためにストームを自分の星に呼び、最後には求婚を申し込む。王として民を助けたいという彼の思いに共鳴し、結婚を受け入れるストーム。というのが前編。ストームを無理矢理誘拐するアーコンにX-MENは怒り心頭で、王に仕える人々の様子も何やらおかしい。しかしストームは自分の意思で彼との結婚を決意する。「何か妖しいぞ…気付いてくれ…」と思っていたら後編でアーコンのクズっぷりが露呈。民を苦しめる典型的な独裁者であることに気付いたウルヴァリン達がストームを取り戻そうとするものの、なぜかアーコンに心酔しているストームは完全にお姫様モードに。結局アーコンの嘘がバレ、ストームは彼と訣別するのだが、最後のストームの悲しげな表情が印象的なエピソードだった。

 

第5話は久々のアポカリプス登場…にして、配信順的には彼のラストエピソードでもある。アポカリプスの生贄としてジュビリーが狙われ、ビーストと共に捕まってしまう。暴走した紫色のビーストを見られる貴重な回。禍々しくてデザインが最高。結果的にアポカリプスに仕えていたコルテスが生贄となり、再びアポカリプスは完全復活を果たすのだが…新作で登場する機会はあるのだろうか。第6話はかなり番外編の色が濃いエピソード。ジュビリーが子ども達と共に洞窟に閉じ込められ、子ども達を悲しませないためにウルヴァリンやガンビット達をモデルにしたアクション大作の物語を聞かせる。ジュビリーの心優しさを際立てつつ、X-MENの普段とは違うデザインが披露されるちょっとレアな回。物語には関係ないのだが、この辺りから作画がかなりディズニーチックになっている。『ポカホンタス』や『ムーラン』などに近い印象。アップと引いた時で全然顔が違っているのもそうだが、何よりこれまでの作画とあまりに違いが激しくて違和感があった。

 

第7話も番外編のような回。かつてナチス側に就いた研究者の墓前で嘆くウルヴァリンが、過去ナチスと戦った記憶を追想するエピソードとなっている。実はウルヴァリンは過去にキャプテン・アメリカと組んでレッドスカルと戦っていた…という筋書きで、ファンにとってはX-MEN以外のキャラクターが本格的に活躍するご褒美回。X-MEN衣装でないとはいえ、ウルヴァリンとキャップが横並びになっているのはそれだけでインパクト絶大。惜しむらくはウルヴァリンの作画が普段と違いすぎてずっと違和感がつきまとっていることだろうか。第8話は炭鉱で働くある若いミュータントを中心に据えた物語。炭鉱から出ていけとわけもなく迫害されるサム。当人達にとっては最悪なのだが、やはりミュータントを迫害する愚かな民衆が出てくると「X-MENを観てる…!」という気持ちが高まってしまう。迫害されるマイノリティ、居場所を持てない苦しみ、同じミュータントなのに断絶してしまう虚しさ、そういったものがこのシリーズの持ち味なのだろう。ただこの回もメインとなるローグの作画がいつもと違いすぎて全然話が入ってこなかった。

 

第9話、ラストから1つ前のエピソードでシニスターの誕生が描かれるぶっ飛んだ構成に驚愕。はっきり言って異常である。何ならこの順番だと最後に見たシニスターはエグゼビアに助けを求めてくる妙な距離感の悪役だったし…。中盤まで何の話かまったく分からず、プロフェッサーによく似た人物が出てくるけど歩いているしハゲてないし何なんだ…と困惑してしまった。しかしシニスターの誕生譚だと分かると「逆に今なぜこれを!?」とも思ってしまったし、アポカリプスやマグニートーのオリジンさえアニメでは描かれていなかったのに、シニスターにフォーカスする意図をあれこれと考えてしまった。ただ、シリーズ根底のテーマである差別や迫害の恐怖を演出する回としてはかなりレベルが高いように思う。科学を追求してマッドサイエンティストに成り果て、周りから受け入れられず孤独な悪人となってしまうシニスターの背景は、常に隅に追いやられ迫害を受けていたX-MENとも重なる部分があったのだ。そしてシニスターを追っていたジェームズ・エグゼビアがチャールズの祖先(祖先というほど遠くはないと思うが)であることが明かされる…というなかなか凝ったエピソードで、素直に面白かった。

 

そして最終回の第10話。「さらば、X-メン!」という何とも言えない簡素なサブタイトルがちょっと可笑しいのだが、またも強烈な差別からスタートする悲劇的なエピソード。ミュータントの人権を説いたチャールズがガイリックに攻撃を受け瀕死状態に。X-MENはどうにか彼を救おうと奔走し、リランドラを呼ぶためにマグニートーの力が必要だと彼に協力を求める。チャールズとエリックの絆はシーズン2でこそ時間を掛けて描かれていたが、そもそもマグニートー自体があまり登場しないこともあってシリーズの中では控えめな印象もあった。アポカリプスのほうが何度も復活していて記憶に残っている。だが、最後にこれを持ってくるということは、制作陣としてもX-MENの物語はチャールズとエリックの絆を外すことはできなかったのだろう。死を悟ったチャールズがX-MEN1人1人に言葉を贈る卒業式システムは自然と泣けてしまった。それにしても卒業式すぎるとは思うが。せっかく泣いたのにリランドラが出てきたらあっさりとチャールズを延命できてしまったのは残念。生きてて嬉しいよりも、何かあっさりだな…という思いが勝ってしまった。離れた場所で治療をするので肉体的には会えないようなのだが、X-MENとチャールズの再会は新作で描かれるのだろうか。いや、その辺りはがっつり端折る可能性もある。

 

1話約20分でほとんどが1話完結のためかなり観やすいのに、時にはかなり重苦しいテーマを扱っていたり、ハードボイルド的な硬派なエピソードがあったりと、バラエティに富んでいる見事なシリーズだった。差別や迫害が強まるとクオリティが段違いになり、やはりX-MENはマイノリティの物語なのだなと思い知らされる。心に傷を負った者達が自分なりに正義を見出し、ささやかな幸せに目を向ける瞬間こそに美しさが生まれるのだ。海外アニメーションということもあり、アクション面で目を瞠るようなものがなかったのは残念だが、それ以上にストーリーが鮮やかでとても20分とは思えない完成度のものもあった。一方で、多くのキャラクターが登場する豪華なエピソードは、大味になりすぎていて興が削がれるという一面もあり、完璧な作品であるとは言い難い。だが、このアニメの存在が日本のアメコミオタクを育成したという側面は強いだろうし、実際『るろうに剣心』ではMARVELに影響された作者がウルヴァリン等にそっくりなキャラを登場させている。何も知らずるろ剣を読んで八ツ目無名異を見たら現代人は発狂してしまうのではないだろうか。

 

今でこそアメコミと言えばMCUの印象が強いが、まだ実写スパイダーマンさえ存在しなかったこの頃は、X-MENのアニメがアメコミファンにとってのオアシスだったのかもしれない。当時を知る人の感想を読みたいのだが、いかんせん30年以上前のアメコミアニメの感想などをまとめている人を見かけず、FIlmarksのレビューを読むことしかできていない。もし当アニメの感想がガッツリ書かれているサイトやブログを知っている方はコメント欄でぜひ教えていただきたい。