年末に待望となるアベンジャーズ新作が控えた2026年。前作『アベンジャーズ/エンドゲーム』こそ世界的な記録を打ち立てたものの、その後はコロナ禍に翻弄され「スーパーヒーロー疲れ」なるワードまで使われるようになり、続出する後続映画・ドラマも大ヒットには繋がらず…という散々な結果となり、世間ではMCUはオワコン扱いされてしまっているようにも思える。私も正直配信限定のドラマは全然追えておらず、映画も1度観たら終わりになって深く考えるほどの熱意をシリーズに対して持てなくなってしまっているのだが、それはそれとして数年前までMCUにガッツリ心を奪われていたあの日々を忘れたくはない。だからこそ、MCUはオワコンなんて表現に屈したくはない。『インフィニティ・ウォー』や『エンドゲーム』の製作陣が再び組んで新作を作るのだから、少なくともこの5作目に関しては成功が約束されているはずだ、そしてその成功をより強く感じるためには、MCUがエンドゲーム以降も紡いできた膨大な作品群を全てインプットする必要があるのではないか。そう思い、残り9ヶ月でMCUを再履修も含めて全て鑑賞することにした。9ヶ月もあれば余裕な気がするが、私もずっとMCU鑑賞に張り付いていられるわけではないので、もしかしたら間に合わないかもしれない。とはいえ迷っていても時間は過ぎるばかりなので、とにかく時間に余裕のある時は観ていくことに。
では、何から始めるか。MCUの1作目ならば『アイアンマン』が妥当だが、現在MCUが最重要テーマとして掲げているのはマルチバース。インフィニティ・サーガに続く新たなシリーズはマルチバース・サーガなのだ。『デッドプール&ウルヴァリン』に代表されるように、どこから何が飛び出てくるか全く不明。お蔵入りになった企画まで拾って小ネタにしてしまうのだから、こちらもそれ相応の覚悟で挑まなければならない。個人的には『デッドプール&ウルヴァリン』ほどマニアックなものは出てこないと予想しているが、それでもなるべく多くを履修しておくに越したことはない。ということで、最初は1992年より放送開始したアニメ『X-メン』を観ていくことにした。ここから映画のX-MENシリーズ、SONYのスパイダーマンシリーズを含め、MCUをどんどん履修していきたい。映画だけならまだ余裕はあるのだが、ドラマ群が結構厳しい気も既にしてきている。
本題に入る。『X-メン』アニメのシーズン1は全13話。日本地上波放送当時には生まれていないのでまったくの初見だったのだが、なるほどこれはかなり面白い。敵としても味方としても次々とミュータントが登場する。自分は能力バトル大好きな小学生だったので、もし当時に知っていたら大歓喜だっただろう。各キャラクターはコミックそのままの特徴的なコスチュームをしているためキャラが分からなくなるようなことはないが、とにかく物量が多い。映画の知識がなかったら結構混乱していただろう。だが、映画を観ていたおかげでほとんどのキャラは知っていたため、このキャラがこんな見た目なのか、こんな設定があるのか、と違いを楽しみながら観ることができた。
ただ何より驚いたのは、このシーズン1全13話に、実写映画シリーズ全7作分の5作くらいの内容が詰め込まれている点。順序としてはアニメが先なので詰め込まれているという言い方は正しくないかもしれないが、観ていると「えっ、いきなりセンチネル!?」「ミュータント能力を消せる!?」「暗黒の未来回避のために暗殺を止めるってフューチャー&パストじゃん!?」と、とにかく既視感が山盛りの展開で、まるで濃密なダイジェスト映像を観ているかのようだった。もちろんアニメと実写で観心地は違うし、関わるキャラクターも物語の密度もまるで違うのだが、ある程度状況やキャラ心理が頭に入っている状況で、すごく分かりやすいというバグが常に発生しており、これはこれで面白い体験だった。
そして凄いのは、ずっと差別と迫害の話をしていること。そもそも『X-メン』という作品群自体がマイノリティ差別を意識してのものなのだろうが、それを加味しても本当にずっとミュータント達が差別される世界を描き続けている。第1話からして、政府に登録したミュータントがセンチネルに拉致されていく…というディストピアすぎる展開から始まるのだ。センチネルの恐ろしさは映画『フューチャー&パスト』で嫌という程実感している。アニメチックとはいえこれほどの逆境から始まるのは予想しておらず、理不尽な社会の暴力性をしっかり見せつけてスタートを切る手法に、製作陣の本気度を感じた。
人間達から時に迫害を受けながらも、人間を抹殺しようとする極端なミュータントや暴走して人を傷つけるミュータントから人々を守ろうとする正義の心、そして本当にそれが正しいのかという想いに揺さぶられ続ける人間臭さがX-MENシリーズの魅力だが、アニメでもまったく手を抜いていない。自分が子供の頃に観ていたら間違いなく根底の価値観を形成してくれていただろう。第5話なんて容姿に難ありのミュータント達が人目を避けるために地下で暮らしているのだ。そういう展開をさらっと出せる辺りが本当に凄い。しかも、ウルヴァリン、サイクロップス、ジーンの三角関係などなど、人間ドラマはとにかく大人っぽい。改めて観るとヒーロースーツがあまりにコスプレというか個性的過ぎるのだが、ドラマは社会問題や等身大の問題に真正面から向き合っているのだ。日本の少年漫画だと過度なお色気やギャグが多くて辟易してしまうこともあるが、本作は非常にスタイリッシュ。いきなり現れた敵に「随分デカいゴキブリだね!」ととんでもない皮肉を飛ばすなど、ワードセンスのユーモアはさすがアメリカといった具合で、その辺りも自分好みだった。
ウルヴァリンが学園を去って南極でセイバートゥースとバトルしたり、ストームの閉所恐怖症が明かされたりと、1話完結的な趣の回も多いのだが、半分くらいのエピソードは連続性があり、その点もすごく見応えがあった。そして何より後半から登場するアポカリプス。地獄の四騎士の名を冠した4人のミュータントを手駒とする強力な極悪ミュータントなのだが、自分は映画版のおかげで最強のミュータントみたいな印象があったので、まずセンチネルと遜色ない機械的な見た目に驚き、たった2話でX-MENから敗走する小物っぷりにも驚かされた。登場もミュータントを治療できる薬の話が出てくる回から暗躍して、満を持してといった感じだったのに、「こ、これだけ…?」と拍子抜け。とはいえ倒したわけではないので今後のシーズンで登場するのかもしれない。打倒マスターモールドのために宿敵マグニートーがX-MENに味方する展開は映画と同じで、結局マグニートーはプロフェッサーX側に着いてる時のほうが生き生きしてるんだよなあとニヤニヤしてしまった。こういう呉越同舟の少年漫画的展開はじっくりとやってほしいタイプだけれど、アメコミ原作のアニメだと日本とまた考え方も違うと思うし、何よりこのスピード感は小学生くらいの子どもには堪らないものな気がするので、そこまで気にならず。そもそも自分がこのアニメに感動を求めていないというのもあるかもしれない。自分にとって『X-メン』は、映画との違いを楽しみ、よく知っていると思い込んでいたキャラクターの別の側面を享受する作品になってきている。
そのため令和の時代に何も知らない人に対して「このアニメめっちゃ面白いぜ!」というのはなかなか厳しいのだが、自分はかなり楽しめているので全然良い。ガンビットは実写映画にはほぼいない扱いなので、こういうキャラなのかあという発見もあったし、ジュビリーは本当に何も知らない。マグニートー側じゃないミスティークも新鮮で、不当に逮捕されても司法と戦う決意を固めたビーストはアニメでも謙虚で真面目だった。ケーブルは聞いたことある、プロフェッサーってアニメでもヒロイン枠なのか、ローグの能力はマジで辛いな…などなど。自分のX-MEN知識が更新されていく楽しさがある。シーズン2のあらすじをちらっと読んだ感じだと全然知らないキャラ名が飛び交っていたので、映画でも観たことのない物語がこれからは展開されるのかもしれない。
とにかく年末のアベンジャーズ新作に間に合わないと話にならないので、急いで観ていくことにする。続きの感想もこれくらい緩めで書こうと考え中。