タイ・ウェスト監督、ミア・ゴス主演による三部作の第1作目『X エックス』。今週末に完結編の『MaXXXine マキシーン』が公開されるということで久々に鑑賞した。『ミッドサマー』が大ヒットしたA24製作の新作ということで公開当時かなり反響があったと記憶しているが、自分が初めて観たのは多分1年くらい前なので、ある程度評判を聞いてからになる。かなり評価が高いゆえに合わなかったらどうしようと身構えてしまったのだが、観た結果としては「すごく凡庸…」という印象が拭えなかった。これは事前に高評価を聞いて期待値を上げてしまったのもあるかもしれないが、取り立てて誰かに感想を話したくなるような内容ではないというか…。あまり衝撃を受けなかったというのが本音である。
往年のスラッシャーホラーへのリスペクトが随所に見られるのはすごく嬉しいし、今時は「パリピ集団が殺人鬼に襲われる」系の映画でも一捻りどころか二捻り三捻りしないとやっていけないのに、割と正統派で挑んだという点に関してはかなり評価したい。予告の時点でちょっと笑ってしまうような怪物的な殺人鬼を出して客寄せパンダとする作品が多い中では、ある意味ストレートだと思う。
とはいえただリスペクトを捧げただけの模倣品ではない。こういったスラッシャー映画で最後に生き残る女性を俗に「ファイナルガール」と呼ぶが、ファイナルガールに選ばれるのは決まってパリピ集団のお遊びに巻き込まれてしまった純朴な女性。本作にも1人だけ物静かな女性(ロレイン)が登場し、スラッシャー映画を何作も観ている人間からするとやはり彼女がファイナルガールだと予想してしまう。しかし、彼女は結果的に殺人鬼による最後の犠牲者となる。当初は自分がポルノ映画の撮影クルーだとさえ気付いていなかったのに、実際に濡れ場撮影を見て「自分も映画に出演したい」とまで言い出す始末。この辺りから映画の風向きが変わり、特に殺人鬼側の描写がねっとりとした質感で感情移入さえさせる勢いを持ちお出しされるため、観ながら「おっ、何かこの映画普通じゃないぞ」という期待を煽ってくれる。名作にオマージュを捧げながらも、タイ・ウェスト監督の感性や観客の予想を裏切ろうというサプライズがしっかりと盛り込まれている点はすごく良かった。
もう1つ好きなところは、やはり殺人鬼夫婦の丁寧な描写。丁寧すぎてむしろ撮影クルー側を喰ってしまっているほど。殺人鬼が人を殺す理由なんて「そういう奴だから」で充分通用するのに(いや本当は理由がしっかりあったほうがいいのだけれど、殺人の動機や心情描写よりもアイコンとしての印象深さで競うみたいなところがスラッシャー映画にはあるのでこっちももう慣れてしまっている)、そこを敢えて悲哀たっぷりに描いているのがかなり面白かった。エログロたっぷりの映画の規模からするとどうしても「性欲に憑りつかれた殺人ババア」というような印象を抱きがちだが、実際ルッキズムが蔓延る現代社会では全然他人事じゃないと思っている。
タイ・ウェスト監督はインタビューで殺人夫婦のパールとハワードについてこう答えている。
人間味のある悪役を登場させたかったので、スラッシャー映画にとって新鮮な悪役とは何かを考えました。誰もが抱いている普遍的な恐怖って、老いること・死ぬことだと思うんです。人間は若いときは「早く大人になりたい」「自分が年を重ねればうまくいく」と思っていて、一方で、年を取ると「若返りたい」「若い頃に戻れればすべてうまくいく」と思ってしまう。誰も幸せにならない。誰にでもあるこの皮肉が面白くて、ホラー映画のコアの部分にできるかもしれないと思いました。もし年を取って、若返りたいと思っても、それがその人を追い詰めないことを祈っています。でも、この映画ではパールとハワードは狂気に走ってしまうんですけどね! パールを悪役と見るかヒーローと見るか、それは観客次第ですが、とても印象深い存在になってくれると思います。
確かに人殺しの老人というのは衝撃的。老人に抱く「か弱い」というイメージからはかけ離れた怪物が映画の中に誕生している。身体的な能力では若者に劣るかもしれないが、銃や刃物を持てば当然人を殺すことはできるのだ。それでいて、若さを強く渇望する質の悪さ。若くて美しいマキシーン達に嫉妬するパールの感情は自分にも痛いほど分かるが、それが「攻撃する理由」に変わる恐ろしさが情緒たっぷりに描かれている。むしろ自分としては仲間達とポルノ映画を撮ろうなんていうマキシーン達の感情のほうが分からないので、若者への嫉妬に狂うパールの気持ちのほうがよく伝わってくるくらいである。ヒーローとまでは言わないが、すごく哀しい化け物だなと。
主にパールの悲哀という面で、この映画はただのエログロだけでなく、しっかりとドラマが備わっている。そして実際、人を殺す老人夫婦というのは結構怖い。怪物のように俊敏に動くわけでもないのだが、人を殺すことに躊躇がないためにホラー映画のアイコンとして充分に機能している。私の大好きなアリ・アスター監督も裸の老人を映画に出すことがかなりあるのだけれど、やはり全裸の老人は結構怖い。しかし映画は彼等を哀れみながらも蔑んでいるように思えた。最終的に夫婦を打ち負かし、パールの頭部を車で轢き潰すマキシーンの姿を見て、スラッシャー映画のお作法にかなり反抗的かつ革新的な作品だなという印象を抱いたのである。
最終的に老夫婦の家でついていたTV番組(牧師の演説)によって、マキシーンが牧師の娘であり家出していることが明かされるのだが、この辺りは3部作に続く要素だと思っていいのだろうか(まだ『Pearl パール』を観ていない…)。神父の言葉も意味深ではあるのだが、テーマを帯びているというよりもこれからの作品に続く要素というような印象なので、これは残り2作を観て判断したいところ。マキシーンとパールは劇中でも対比の構図が見られたし、何なら演じているのも同じミア・ゴス。その意図が3部作で明確になっていくといいなと思っている。現時点ではこの映画はあまり刺さっていないのだが、続編次第では化けるんじゃないかなあと。
と、いろいろ書いてはきたものの、全体的には目を見開くほど面白いシーンには出会えなくて。続編によってこの1作目の輪郭が更に濃くなっていくことを願っている状況。良くも悪くも1作目かなあと。冒頭に書いたが、どうしても「凡庸」な感は否めない。
細かい好きなシーンを拾っていくなら、マキシーンがワニに襲われかけるシーンの臨場感は素晴らしかった。あんなにナチュラルに川にワニがいることも恐ろしいし、真上からの定点カメラで明らかにマキシーンよりスピードの速いワニを淡々と見られるのも面白い。結局マキシーン自身はワニの脅威に気付きもしなかったのだが、それがまた恐ろしくて良かった。そして最後にちゃんとワニが人を殺す。すごく丁寧。
あと監督のRJが、ロレインが脱いでしまったことにシャワー室で泣き崩れるシーンも良かった。書きながら気付いたがこれも真上からのカット。タイ・ウェストはこの角度が好きなのかもしれない。でも表情のアップも交えて俯瞰で状況や感情を示す手法としてはすごく面白いなと思った。ポルノを撮る勇気はあるし、最初は同行を渋るロレインに対して不満げだったのに、いざロレインがその気になったらぐちゃぐちゃに泣いてしまうRJのみっともなさが良い。人間的な弱さを感じられた。
とりあえず完結作の『MaXXXine マキシーン』公開前に次作『Pearl パール』を抑えておこうと思う。こっちは1作目よりも評価が高い気がするのだけれど、単に1作目で振り落とされた人が興味を失って好きな人だけが評価してるのかどうなのか。ちなみにタイ・ウェスト監督だと自分は『サクラメント 死の楽園』が好き。実話を基にしたある宗教団体の教祖による集団自殺をPOVで描いた個性的な作品なので未見の方は是非。