自分は城定秀夫監督との相性がかなり悪いので、今回も全く期待していなかったのだが、案の定全然楽しむことができなかった。どこがどう悪いということはないのだけれど、正直本当に良さが分からない。『嗤う蟲』は愛知県の田舎に引っ越してきた1組の夫婦に起こる悲劇を描いた作品だったが、全編に渡って描かれるかなり"厭な"空気感が特徴と言えるだろう。夫婦は唐突に「子作りはしてるのか?」と聞かれたら、引越し祝いとして妊娠検査薬をプレゼントされたりする。1人に話したことが次の日にはもう村全体に伝わっているなど、田舎の閉鎖的なコミュニティゆえの息苦しさが常に画面を支配していて、上映中はずっと首を絞められているような辛さがあった。
公式HPには、「日本各地で起きた村八分事件をもとに、実際に存在する"村の掟"の数々をリアルに描き、現代日本の闇に隠されているムラ社会の実態を暴く」と書かれていたが、実際にはかなりありきたりな展開が続き、ストレスを感じてしまった。どれほど史実に基づいた作品なのかは分からないけれども、映画の中で描かれるのは、村長のような人間1人に権力が集中していたり、逆らったら畑を荒らされたり、村ぐるみで犯罪を隠蔽していたりという、既視感のオンパレード。都会から流入した主人公が田舎に対してヘイトを貯めていく物語は媒体問わず数多く存在するのに、ここまで目新しさなしに直球で勝負できるのは本当にすごいと思う。一つ一つは確かに"厭"だが、「ムラ映画あるある」を観ているかのような趣さえあった。
村に適応しようとする夫と、抜け出そうとする妻という構図も、もう何度も観た気がする。正直映画を観ている間でさえ「なんかこういう映画最近も観たな。タイトルなんだっけ…」と記憶の中を探っていた状態。集中力は確実に削がれているが、予想外のことなど起きない映画なのでまったく問題がなかった。妻の杏奈は順当にイライラしていき、夫の輝道は空気を読んで村に順応していく。田久保達が熱心に育てていたものが大麻だと分かった時はちょっと安心した。田舎の閉塞感を描いたスリラー映画は大抵現地の土着信仰に基づいているが、本作は大麻栽培を隠蔽していただけという、比較的普通の犯罪集団。これも実話に基づいているのかもしれない。
ただ、田久保達がやけに杏奈達の子どもにこだわっていた理由が全く分からなかった。村で生まれた子どもへの強烈な信仰があるとか、子どもを生贄にする因習があるとか、てっきりそういうストーリーだと思っていたのだが、実際には彼等が隠していたのは大麻栽培。そして大麻栽培に関わっていない人も多く、ただ単に田久保が村を牛耳っていただけなのである。村で生まれた子どもへの異様な執着は「ありがとさま!」という不気味な言葉と共に執拗に描写されていたのに、蓋を開けてみればそこは村人達の性格というか、彼等の愛情が単に行きすぎてるだけだったのかという謎の失望。子どもを産めず村八分にされた三橋家が不憫でならない。村人達の大半は本当に子どもを可愛く思っているだけのお節介だったのだから。
映画自体には目新しさが感じられず結構否定的なのだが、90分近くずっと厭な時間が続くという意味ではよくできていると思う。特にそれぞれの演技が素晴らしい.田久保の妻を演じた杉田かおるのナチュラルな不気味さ。目がキラキラしていていつもニコニコしてるお節介ババアの暴力的な怖さ。「あ、コイツ話通じないな」というのが表情と態度ですぐに分かる。病んでしまった三橋の妻を演じていた片岡礼子の存在感も抜群。というかこの人いっつもサスペンスやスリラーにちょった変わった役で出ている気がする。片岡礼子、引越し先の村にいてほしくない人ナンバーワンかもしれない。田久保役の田口トモロヲは言うまでもないが、輝道の若葉竜也が少しずつ道を踏み外していく様も非常に良かった。付和雷同でどんどん人が変わっていってしまう恐ろしさ。妻の杏奈は彼の一番近くにいたからこそ、その変化のダメージをモロに喰らってしまったのだろう。
杏奈が田久保達に捕まり、これはまさかのバッドエンドでは…と絶望もあったが、なんとか村を脱出できたので良かった。火を扱う謎の祭で大麻を炊くことに成功し、村人達を大麻漬けにしてその隙に脱出を図るというのは悪くなかったと思う。でも自分は映画冒頭の「この村に入る道ってこの橋1本しかないんだってさ…」みたいなセリフがずっと引っかかっていたため、最後は杏奈が脱走を図るも橋は崩されていた…的な終わり方をするものだとてっきり。まあこれは勝手に予想してしまった自分が悪いのだけれども。
脚本には『ミスミソウ』などの内藤瑛亮も参加しているようで、確かに彼がこれまでに描いてきた"厭さ"とも近いなあとは思った。とはいえそれ以上のものはなく、自分としては単に胸糞悪くさせられただけという思いが大きい。これが上手くカタルシスに昇華されればそう悪くもなかったのだが…。
