『トレーニング・デイ』=「訓練日」というタイトルの通り、この映画は麻薬捜査官になった新人刑事と悪徳ベテラン刑事の1日を描いた物語である。映画の冒頭で朝日が昇り、最後は新人刑事のジェイク(イーサン・ホーク)が家に帰るシーンで締めくくる。2時間に詰め込まれた濃密な1日。たった1日でこんなに目まぐるしく色々なことが起こるのかと驚きつつも、たった1日だからこそできる映像の仕掛けにも感心させられる。始まりと終わりもそうだが、時間が経過し日が落ちていくことで、悪徳ベテラン刑事のアロンゾ(デンゼル・ワシントン)の悪行もエスカレート。夕方には殺人を犯し、夜にジェイクとアロンゾが対決することになるという、朝昼夜の景色がストーリーと調和している見事な展開も面白い。『マイケル』公開に向けてアントワーン・フークア監督作品をちまちま観進めているところでこの作品を知ったのだが、デンゼル・ワシントンは本作でアカデミー賞主演男優賞も受賞。他人のプライベートを平気で詮索し、麻薬の売人を銃で脅し、捜索令状を捏造し、密売人の売上を奪う。果てには殺人を犯す異常なまでの悪徳警官っぷりは確かに最高で、彼が認められるのもよく分かる見事な演技だった。
フークア監督作品の中でも知名度が高い本作。しかも脚本を手掛けているのは後に『スーサイド・スクワッド』などを撮るデヴィッド・エアーである。そう聞くと確かにデヴィッド・エアーらしい品性の無さがセリフに表れているなあという気もしてくる。ただ、映画は骨太な割に少々地味で、アロンゾが悪徳警官だったこととジェイクが彼と対立することを除けば、物語の起伏はほとんどないに等しい。よくある新人刑事とベテラン刑事のバディものと見せかけて、ベテラン刑事が極悪人だったというのは確かに衝撃なのだが、それを明かしてしまうと後はもう彼が堕ちていくのみのシナリオで、目新しさは少ないと言えるかもしれない。
しかし、そんな地味な物語を骨太に見せている辺りはさすがフークア監督。物語の序盤では、デリカシーに欠けるだけで、「羊を守るために狼を殺せ」という強い正義の持ち主ではあると思われていたアロンゾ。自分がもし新人として現場に配属され直属の上司がこのタイプだったら1日で辞めるだろう。とはいえこの映画は1日を描いているので仮に辞めるにしてもあれこれに巻き込まれるのだが…。それはさておき、裏はありそうだが気の良い男の可能性もまだ残っていたアロンゾが、殺人を犯すシーンでとうとう正体を現すシーンは白眉である。窓のブラインドを閉めることでアロンゾの目から下は濃い影に隠れ、彼が真に極悪非道の警官であることが強調される。一方で、殺人を強要され戸惑うジェイクは顔の左半分に光が当たり、右半分が翳っている。つまり彼が善人のままでいられるか、悪人に身を落とすかという重大な局面であることを視覚的にも表現しているのである。結局ジェイクは自ら殺人を犯さなかったが、売人は殺され、その場にいた警官達の口裏合わせでジェイクが殺したことにされてしまう。
その後ジェイクはアロンゾに騙され彼の知人のギャングに殺されかけるが、朝に助けた女性がギャングの従姉妹であったために事なきを得る。言わば彼の善性が巡り巡って命を救うことに繋がったわけで、ひたすら悪行を働いて生きてきたアロンゾとの違いが浮き彫りにされる。良いことをすれば良い巡りが回ってくるというのは気休めにすぎないかもしれないが、極限状態に陥ったジェイクはきっとここで自分の行いの正しさを自覚したのだろう。だからこそ正義のためにアロンゾを殺害する決意を下し、たった一人で彼の自宅へ乗り込むのである。彼の家族を巻き込んだアパートの一室での銃撃戦も緊迫感抜群。とうとう追い詰められたアロンゾは街の住人に助けを請うも、全員から無視されることに。結局彼は横暴なクズ人間であり、警官という立場や他のギャングへの立ち振る舞いから恐れられていただけなのだろう。街の人々がジェイクに力を貸したことで、真に人の心を動かすのは恐怖ではなく正義なのだと映画は語ってくれる。
あらすじを聞いた時は「虎狼の血みたいなやつか」と思ったのだが、『虎狼の血』は横柄なベテラン刑事が実は良い人間だったというオチなので、ストーリーとしては真逆と言えるかもしれない。ただ、原作者の柚月裕子は『トレーニング デイ』のファンということで意識した部分は当然あったのだろう。しかし本作はたった1日を描いているためにアロンゾとジェイクのバディ感は希薄で、むしろアロンゾという巨悪に正義感の強いジェイクが立ち向かうという構造がメインとなっている。バディものと言えば関係性萌えの側面も大きいが、本作は大きな感情を持ち込むことなく決定的な対立を描いているのが面白い。それが逆に地味とも言えるが、前述の通りたった1日の出来事であることを効果的に利用した演出も含めて、なかなか面白い作品だった。

