映画『サマー・オブ・84』評価・ネタバレ感想 急転直下のジュブナイルホラー

サマー・オブ・84(吹替版)

 

スラッシャー&ジュブナイル映画へのオマージュがたっぷりな『サマー・オブ・84』。よくタイトルの似た『Summer of 85』と混同されているのを見かけるが、2作に繋がりはないしジャンルさえまるで違う。私がこの映画を最初に観たのは、今は風前の灯火と化したレンタルビデオ店で気になってレンタルした時。コロナ禍以前でまだ映像サブスクもそこまで普及しておらず、レンタルビデオ店でのジャケ借りもまだまだ一般的だった時代。時代と言ってもたったの6年前なわけだが、それでもこの映画は1980年代を舞台にしていることも含め、何だかすごくレンタルビデオ感があるように今でも感じている。新作5枚1000円施策に乗っかり偶然手に取ったらとんでもないものを発見してしまった…というような感覚。『IT ”それ”が見えたら、終わり。』や『ストレンジャー・シングス』などのヒットを受けてか、ジュブナイルホラーが日本でもやたらもてはやされていて、一大ジャンルを築き上げそうな勢いすらあった。結果的にはコロナ禍の影響もあって大きなムーブメントにはならなかったものの、この映画の独特な苦みや後味の悪さは、ホラーが好きな多くの人に体感してもらいたいと思えるものだった。

 

舞台はオレゴン州の田舎町、イプスウィッチイプスウィッチで調べたところイギリスの都市しかヒットしなかったので、どうやら架空の街らしい。それでもどこか哀愁が漂っているのは、1980年代アメリカの空気感、様々なスラッシャー&ジュブナイルホラーに閉じ込められていた、あの時代の言葉にできない雰囲気が映画の中にあるからだろう。新聞配達に勤しむティーンエイジャーのデイビーは、町で起きている連続失踪事件に興味を持っていた。点と点を繋ぎ合わせるように、状況証拠だけで隣人の警官・マッキーを疑うようになり、仲間のウッディ、イーツ、ファラディと彼を詮索するようになる。

 

何となく怪しいというだけで隣人を疑い、監視や家宅侵入まで実行してしまうデイビーの行動力はある意味尊敬するが、正直かなりヤバいことをしている。どうにか彼が犯人である証拠を掴もうとするも、結果は空振りに終わり、ウッディ達からも呆れられてしまう。そんなドキドキハラハラの中で、ベビーシッターのニッキーとの淡い恋模様が描かれ、4人の少年のティーンエイジャーらしい馬鹿げた会話が飛び交う。誰もが当たり前に通る青春に微笑ましくなりながらも、隣人が殺人鬼という恐ろしい可能性を拭えずに過ごすデイビーの不安が緊張感を増していく。

 

正直初見の時は子どもを連れ込んでいたり、水酸化ナトリウムを持っていたりと、マッキーがあまりに怪しいことばかりするので、怪しまれるお前も大概だろ…などとつっこみながら観ていたのだが、終盤の悍ましい展開で映画の雰囲気は一変する。マッキーが自分の潔白を証明するため甥っ子にかけた電話が、実はピザ屋への電話だったことが明らかになる展開は鳥肌もの。隣人の警官への疑惑を経て4人の子ども達が成長する…くらいの物語だと思っていたし、最後には彼を疑っていたことを笑い飛ばせるだろうと信じていた。しかし待ち受けていた結末はとても残酷で、その急激なトーンの変化がこの映画の屋台骨となっている。

 

マッキーは本当に連続殺人鬼であり、最後にはデイビーを襲い、ウッディを殺害、そして指名手配されたまま逃亡を続ける。陰謀論じみた疑惑から始まった物語は、仲間の死という形で終わりを迎えるのだ。「お前に人生を奪われた!」と激昂し、いつか来る自分に殺される日のことを思い怯えて日々を過ごせと投げかけるマッキー。ティーンエイジャーの馬鹿げた妄想だったはずなのに、デイビーはこれからも恐怖を抱き続けながら生きていくことになる。異常者による洗脳、そして理不尽に襲ってくる恐怖。直接的に人を殺したり傷つけたりするシーンは少ないのに、このマッキーの不気味さだけで映画はかなりおぞましいものになっている。

 

流れる音楽もジョン・カーペンター的な不気味さがあり、とにかく印象的。仲間同士で驚かし合う馬鹿げたジャンプスケアも多いため、ホラーの雰囲気を纏ってはいるもののジュブナイルな側面が大きい映画という印象が前半にはある。しかし後半に明かされる理不尽な真実、理由の分からない悪意と殺意に塗れたマッキーの恐ろしさは、ティーンエイジャー特有の不安感や焦りと一体となって、より一層不気味なものに思えてくる。「隣人が殺人鬼かもしれない」は、ともすれば大変失礼に当たる見当違いな考えかもしれないが、もしそれが真実だった場合はとても恐ろしい。マッキー役のリッチ・ソマーは前半でも大きな瞳が印象的で、カメラ越しに見つめるだけで不安を感じさせてくる絶妙な顔をしているのだが、後半の豹変は本当に凄い。同時に、自分の人生でも「何か周りから好かれているけど、どうにも胡散臭いんだよな…」という人物に何度か会ったことがあるのを思い出した。彼等はさすがにシリアルキラーではないだろうが、それでも自分の感覚が受け入れられずに孤独を感じるデイビーの気持ちはよく分かる。

 

観客のボルテージを少しずつ上げ、衝撃のラストへと誘導してくれる見事な映画。監督はフランソワ・シマール、アヌーク・ウィッセル、ヨアン=カール・ウィッセルの3人の連名だが、彼等はチームを組んで他にもいくつか映画を作っている。『ターボキッド』も『ゾンビーズ』もストーリーやキャラ設定が独特で面白そう。サブスク配信に今のところ来ていないのが残念だが、レンタルは可能なようなのでまたの機会に観てみたい。

 

 

 

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