
2024年配信のNetflixドラマ『忍びの家』を観た。主演を務めた俳優の賀来賢人が原案を持ち込み、日本をよく知るアメリカ人監督のデイヴ・ボイルがメイン監督を務めた本作。日本では忍びという題材がメジャーになっていないことがこの作品の起点になったという賀来賢人のコメント通り、「現代に忍者が生き残っていたらどんな人生を歩んでいるか」というシミュレーションとしてはかなり納得感がある。さすが日本で作られただけあって、ハリウッドにありがちなトンチキニンジャ描写は一つも存在していない。長男を失ったことで忍びの生活から距離を置くようになった俵家、彼等に依頼を持ち込み時にバックアップするBNM(忍者管理局)、”日食”なる目的を果たそうとする風魔一族。ファンタジーチックにならずリアルで奥行きのある設定は、Netflixの規模とあいまって非常にリッチな映像を作り出すことに貢献している。特に剣戟をはじめとした殺陣は本当に素晴らしい。一対多の場面で名だたるキャスト陣がバッサバッサと敵を斬っていく姿は正に圧巻。民放ドラマではなかなか観られないスタイリッシュなアクションを拝めるというだけでも充分に収穫はあった。
リッチな映像に興奮した一方で、ストーリーに関しては悪い部分が目立っていた印象を受ける。長男の死でバラバラになってしまった俵家がそれぞれ別の事象を追い、それらが風魔との戦いという形で一つに繋がっていく前半は楽しく観ていたのだが、家族が団結し死んだはずの長男が生きていたことが明かされてからは違和感のある展開に押し流されてしまった。明らかに尻切れトンボな終わり方をしたため、シーズン2の構想が既にありそこで諸々の謎を更に紐解いていく予定だったのかもしれないが、結果的には配信開始から2年経った今も続報はなく、打ち切りのようにも思えてしまう。少なくとも現時点では配信されている全8話で物語の出来を判断するしかないのだが、そうすると個人的にはちょっとキツいドラマだったなという感想になってしまうのだ。
ドラマを観てまず感じたのが「結構民放ドラマっぽいな」ということ。映像のルックは民放とは比べ物にならない出来なのだが、カルト宗教・浮気勘違い・敵が政治家、この辺りは正直ありがちな設定で、序盤は家族がそれぞれ秘密や悩みを抱えており視聴者をぐんぐん引き込んでいく面白さの中で庶民派スパイスとして機能していたのだが、後半を観た後だとこのありきたりな設定にだんだん怒りが湧いてくる(後半では浮気疑惑は解消されていたが)。結局、「日本のいつものドラマ」をちょっと大規模にやっているだけだったのだなと。殺陣は確かに素晴らしいし明らかに予算が多い画作りからはシリアスな雰囲気も出せているけれど、核の部分はあまり成績の良くない民放ドラマレベルだったなあと最終的には感じてしまった。もちろん現代に忍者がいるという荒唐無稽な物語に、普遍的なホームドラマを組み合わせることで多くの視聴者を獲得しようとする狙いもあるのだろうから、これ自体は私の好みの問題だと思う。ただ、ほとんどシリアス一辺倒の中で、序盤の自動販売機の補充を素早くこなしたり、縁側にいたはずの人物が一瞬で居間に移動していたりという忍者らしいコメディ感が自分には心地良かったこともあり、恋愛ドラマやホームドラマに比重を傾けた後半は私には合わなかった。

恋愛を含め他者との不要な接触を禁じられているにも関わらず可憐(吉岡里帆)と仲を深めていく次男の晴(賀来賢人)、家族に隠れて美術品の盗難と返却を繰り返す凪(蒔田彩珠)、普通の主婦であることに退屈し極秘任務を請け負うことになった陽子(木村多江)、忍びの世界と関わりを断ち切ろうとする壮一(江口洋介)、何も知らない陸(番家天嵩)(番家くん、もはや演技派子役としての地位を完全に確立している)、忍びを引退した祖母のタキ(宮本信子)。俵家だけでもこれほどまでに濃厚なメンバーが揃っており、一人一人が他の家族にバレないようにと秘密や不安を抱える前半は群像劇としても非常に素晴らしい出来だったと思う。不必要に衝突するでもなく、ただそれぞれがそれぞれの人生を生きており、家族には説明しづらいために黙っているという緊張感が絶妙で、結果的に全員が天元会なる謎の宗教団体の謎を追うことになり、バラバラだった物語が一本の線になっていく様は見事だった。これはNetflixドラマの中でも傑作の部類なのではないかと、かなり期待が高まっていたのだが…。
岳の帰還は必要なかったと思う。高良健吾が演じていて遺体も回収されていない状況のためどこかのタイミングで戻って来るのだろうという勘は働くが、第6話以降の彼が中心となる展開はテンポがかなり悪化していた。実は生きていた長男からの、俵家を裏切って風魔に寝返ったのではないかという疑惑が浮上する展開は緊張感もあるが、そもそも岳がわざわざ風魔から逃げて来たフリをしてまで自宅に帰ってきた理由は何だったのだろう。家に帰らなくとも、風魔の裏切り者である澤部を殺害することはできただろうし俵家に保管されている巻物を奪うことも可能だったはず。彼が生存を家族に明かし嘘をついてまで潜入する意味が理解できない。家族がバラバラになった理由でもある彼が帰還し凪や陸と心を通わせる第6話は決して悪い出来ではない。ただ、「岳が帰って来る」ことの意義が岳視点でまったく見出せないのである。黄色い花を栽培する拠点があると言って両親を騙し、引退したタキと女性の凪と忍びではない陸の、比較的実力が低そうなメンバーを留守番させて巻物を奪う算段だったと考えることもできるが、それなら本当の花の栽培拠点を教える意味が分からない。そこも嘘であっていいのに、本当の場所を教えているために両親は「岳は裏切ってなんかなかった!」と一回間違った結論に辿り着いてしまうのである。結局拠点の花は全て摘まれていたために2人は花を載せたトラックを追うことになるが、そうした紆余曲折が全て岳の計画通りだったとしたら回りくどすぎる。それに全てが岳の計画だったとしても、そもそも晴は岳と関係なく可憐と最後の別れを果たしていたために留守にしていた。これも岳が実は晴も外出するよう仕向けていたとか晴が居ても居なくても変わらないだろうと判断していたとか、好意的な解釈は可能だが、やはり回りくどすぎる。第5話のラストで突然画面に登場するゾンビのように衰弱した岳が印象的だったために、意味があるんだかないんだか分からない、作劇上の都合で家に帰ってきた彼が不憫でならない。
また、前提として”日食”の表の計画である希望の粉による殺人が全然機能していない。天元会は風魔一族が仕切っていることが明かされているし、そもそも怪しさはたっぷりなのだが、教義自体はふわっとしており、信者がどうして辻岡についていくのか理由が全く分からないのである。カルト宗教という視聴者が好きそうな題材を選んだだけに見えてしまい、この点は非常に残念。そして天元会自体が「風魔が天元会を利用して何か企んでる」レベルにしか描写されていないため、俵家の「”日食”を止める」というミッションに緊迫感が一切生まれない。そもそも日食という計画名がよく分からなかった。実際の日食と同日に行われるので合わせたというのは理解できるし、”日食”の真の目的が国のトップの挿げ替えにあるのなら「本来表に出ることはない忍びがこの国を支配する」という意味で日食という言葉に掛かっていない気がしないでもない。だが、粉をみんなで吸いましょうのどこが日食なのか。最終話では「日食の真の目的は~」と大々的に演出されていたが、裏があるのは演出上全然読めてしまっていたので意外性もない。そもそも俵家やBNMが日食=粉吸引だと考える流れも別に劇的に描かれていないので、これは本当に勿体なかったなと。信者に俵家の大切な人がいたとか、そういう展開でもっと「粉吸引を止めなければ!」という危機感を煽ってほしかった。分かり切ったブラフでしかない展開を必死に止めようとする展開がクライマックスに配置されているのでカタルシスをほとんど感じられない構成になってしまっている。
何より、岳はどうして俵家を裏切ったのかがまったく分からない。敢えて明かさずシーズン2で綿密に描く予定だったのかもしれないが、現状次シーズンの音沙汰もない状況のため、判断材料が乏しい。第7話で、船から落ちた後に片足を失い風魔に助けられたことは描かれていたものの、彼がなぜ「日本を以前のような列強に対抗できる強い国に変革しようとしているのか」は依然として分からない状況である。それでいて晴との一騎打ちや、晴の代わりに辻岡に止めを刺し「お前はそのままでいい」と弟を想う発言をしてその場を去るなど、意味深な雰囲気だけは醸し出している。途中までは「何らかの理由で風魔に協力しているが、最終的には味方に戻るのだろう」と思っていたのに、結局戻ることのないままむしろ辻岡以上の敵として君臨した。本当の目的はまだ隠されているのかもしれないが、少なくとも彼が俵家を裏切り向井を総理大臣にしてまで日本を変えようとしている理由はこちらで考察するしかない状況である。船上で敗北したことで力に溺れた…というようなものなのだろうか。いやしかしその船上の戦い自体、風魔に仕組まれたものなのだが…。結局、岳の心変わりや裏切りは視聴者へのインパクトこそあるものの理路整然としていない印象を持ってしまった。裏切りのための裏切りのようなものである。
忍びの一族が街中に普通に暮らしているという設定は素直に面白い。Netflixが日本から送るドラマとして「現代忍者もの」というのも海外にウケるコンテンツとして納得感があった。映像もリッチでアクションも迫力があり、キャラクターも立っている。ただ、後半の脚本があまりに粗末で、前半で期待していただけにかなりの肩透かしを喰らってしまった。辻岡が晴に「お前が俺を生んだ」と言い放ち、2人の因縁が形成された辺りで傑作だと信じていたのだが…。結果的に晴は可憐との恋愛エピソードが主軸になってしまい、辻岡との戦いのカタルシスもそこまででなかったように思う。兄の岳との一騎打ちは、2人の関係性や互いへの想いをほとんど描写していなかったため更にそれを下回っていた。クリフハンガーの連続のような貪欲さはないので安定していると言えば聞こえはいいが、肝心の部分でガクッと肩を落とさせるような出来だったなと思う。続編が作られればもう少し彼等を深掘りできて印象も変わるかもしれない。今のところはだいぶキツいドラマだったなという感想。