社会から隔離された無人島に着陸したことで、サバイバル能力に長けた主人公とパワハラ上司との関係性が逆転し、嫌な奴に制裁を加える…だけの物語だったら凄く嫌だなと思っていた。所謂スカッとジャパン的な、因果応報隔離された無人島に着陸したことで、サバイバル能力に長けた主人公とパワハラ上司との関係性が逆転し、嫌な奴に制裁を加える…だけの物語だったら凄く嫌だなと思っていた。所謂スカッとジャパン的な、因果応報が巡って来るだけの、善悪がはっきりしたストーリーは自分の好みではないのだが、去年から劇場で目にしていたこの映画の予告の主題は「無人島でパワハラ上司をぶっ潰せ!」に思えて、嫌な予感を抱いていた。現代のSNSを発展させている「怒り」の感情をそのまま映画に流し込んでいるのだとしたら、かなり不健全ではないかとさえ感じていた。特にパワハラ等の問題は人々が寄って集って私刑を下したがるため、SNSで人を殴る道具みたいに使われるような映画であってほしくはないなあと、そんな風に考えていたのだが…。
結果から言えばそんな思いは杞憂だったのである。映画の中で展開されるのはパワハラ上司への報復どころではない。この映画は、社会性のあるパワハラ上司とサバイバル力のある変人、2人のクズが無人島でクズ合戦をひたすらに繰り広げ、クズ度をどんどん更新していく非常にマッドな映画だったのだ。内容への懸念ばかりを意識して、観ている間はサム・ライミ監督久々の新作(前作がドクター・ストレンジ2だったとは…)だとは気づけず、後で調べて全てに納得した。笑ってしまうほどのゴア描写、キャラへの感情移入を許さない非道さ。そして何より、二転三転していく物語。勝手に好みでない物語だと想像していたのもあって、次から次へと襲い来るえげつない2人のクズっぷりにどんどん心を掻き立てられた。パワハラなんて初歩の初歩。本当のクズは人を騙し、欺き、毒を盛り、殺人を犯すのだ。パワハラもダメだけど。
そもそも、主人公のリンダが結構最初から気持ち悪い奴として描写されていた。ブラッドリーを含め、上司達に煙たがられ自分の成果を横取りされてしまう辺りは同情を禁じ得ないのだけれど、当初は信頼していたブラッドリーに露骨に胡麻を擦る辺りや、ツナサンドを口につけたまま喋るシーンなんかは、観ていてなかなかに不快。これから無人島でパワハラ上司に復讐する話が始まるのに、こんな変な主人公で大丈夫なのか…と半ば不安にもなった。それはそれとしてブラッドリーは正真正銘のクズで、部下に手についたツナを嗅がせるシーンも面白かった。
いよいよ飛行機が飛び立つ。機内でリンダのプロモーションビデオを上司達が馬鹿にするシーンも本当に酷いと思うのだが、それはそれとしてリンダの痛々しさみたいなものはどうしても拭いきれない。そこで突然飛行機が乱気流に巻き込まれ、シートベルトをしていなかったアホ上司達が次々と天井に打ち付けられる。機体は爆発し穴が空き、死ぬまいとリンダにしがみつき、挙句の果てに殺して座席を奪おうとまでするクソ上司の執念にギョッとさせられる。そのクソ上司の足を掴む男は蹴られまくって歯まで抜けたりと、ゴア描写にも余念がない。リンダは滑り落ちてきたフォークを掴み、首にかけられた上司の手を勢いよく刺す。痛みに耐え切れず手を放し、機体の外へ放り投げられた上司は、ネクタイが引っ掛かりリンダの席の窓にガンガン打ち付けられる。何が何でもグロテスクな映像を出すというサム・ライミの執念が感じ取れる名シーンである。思えばドクストの時もゾンビストレンジを出した男。隙あらばゾンビやホラー描写を入れようとする巨匠の癖に、とにかく感動しまくりだった。島に行くまでもこんなに面白いなら、島に着いたら一体どうなってしまうのか、と。
浜に打ち上げられたリンダは同じく生きていたブラッドリーを救う。咄嗟の判断で葉っぱをまとめて屋根を作り、砂浜を掘ってココナッツの実を割った簡易的なお椀を置き、そこに巨大な葉っぱを入れることで雨水を溜める。これをササッとやれる辺りで、彼女の強靭なサバイバル力が描写されるのだから凄い。そして映画はここからが本番。足を怪我したブラッドリーは、自分を介抱してくれるリンダに対してもずっと上から目線な態度。それに苛立ったリンダはとうとう彼を見捨て、一人じゃ何もできないと悟ったブラッドリーはようやく彼女に頭を下げるようになる。会社での主従関係が逆転する様は確かに観ていて気持ちがいい。しかし、リンダはただ立場の弱い部下あるいはサバイバルに長けた女性ではなかった。社会から隔離された無人島生活に強い魅力を感じてしまい、ボートが近くを通っても助けを呼ぶことを躊躇ってしまうほどに、狂っていたのである。屋根を作ったり魚を獲ったりするだけでなく、イノシシ狩りまでもこなしてしまうリンダ。というか野生とはいえイノシシが凶暴すぎる。どう見てもリンダを食おうとしていた。映画予告の終盤で血まみれのリンダが叫ぶシーン、予告では赤く染まったリンダが印象的で凄く重要そうなカットに見えたのだが、実際はイノシシの返り血だったというのも面白かった。この映画、鑑賞した後に予告を観ると、最後の最後まで無人島感をちゃんと出していて凄いなと思う。まんまと騙されてしまった。スリラー映画として凄く良い予告編。
ブラッドリーはリンダに頭を下げて様々なことを教えてもらいながらも、裏ではどうにか隙を見て1人で脱出しようと企んでいる様子。最初は葉っぱを結ぶこともできず食糧も取れなかった彼が、どんどん成長していく様は非常に良かった。そしてこの頃にはリンダもリンダでだいぶキツさが増してきており、もう哀れな女性という肩書は一切感じさせない。助けを呼ばなかった時点で「なんかコイツ、ヤバい…!」がしっかりと形になり、そこから先は2人のクズっぷりを堪能していくだけである。洞窟で抱きしめられたり彼の裸にうっとりしたりと、リンダからブラッドリーへの愛情を仄かに示すシーンがあり、まさかラブロマンス路線…と思ったのも束の間、リンダに毒を盛り、こっそり作ったイカダで島を抜け出そうとするブラッドリー。ちょっとした波でイカダがあっさりバラバラになるギャグ漫画のようなオチに思わず笑いそうになる。そしてだんだんこの、サバイバルが全然上手くないブラッドリーを好きになっていく。パワハラ上司のはずなのに…。パワハラ上司ってパワハラができない環境だとこんなにかわいくなるのかという発見があった。
その後リンダが彼に毒を盛り返し、性器を切り取ろうとする…というようなキツい描写もあったりと、とにかく話題に事欠かない。この時点でもうリンダはただの狂人である。そしていよいよ大事件が起こる。リンダの恋人が彼を探しに島へやって来るのだ。このままでは自分達の生活が崩壊してしまうと考えたリンダは、彼女と案内人の男を崩れやすい崖に連れて行き、2人を始末することに成功する。その場では2人が落ちた描写はされないのだが、状況からしてリンダが人殺しをやってのけたことは明らか。傷ついた恋人が浜辺に打ち上げられリンダを襲う悪夢というやりたい放題っぷり。どこまでもゾンビを出したい男、サム・ライミ。イノシシを仕留めようとしていたブラッドリーは、砂浜から恋人の腕だけがニョキっと出ているのを見て(マジで何この埋まり方)全てを察する。ブラッドリー、察しが良すぎる男。普通あの状況なら砂浜を掘るとか、もう少しできることがあるだろうに。指にはめられたダイヤモンドの指輪を見ただけでリンダに殺されたと理解する辺り、全然リンダを信用していなかったのだなということが分かる。2人の間に絆など生まれていなかったのだ。
リンダを問い詰めるブラッドリー。そして目を抉るほどの逃避行の果てに、ブラッドリーは別荘を見つける。ずっと無人島だと思っていたこの島には、何と人が来ていたのだ。しかもそこはリンダが危険だから立ち入るなと言った場所。もうこれにはしてやられたというか、観ているこっちもリンダの鮮やかな手腕に見事に騙されてしまっていた。リンダは以前から別荘のことを知っており、刃物は全て回収済み。彼女が持っていたナイフについても「本当にナイフが浜辺に打ち上げられると思ったの?」と煽ってくる。いや、そうだ。確かにナイフがあんな綺麗なまま打ち上げられるわけがない。サバイバル生活を維持するためにブラッドリーに真実を隠し、彼の恋人まで手にかけていたリンダ。別に伏線だとも思っていなかったことがどんどん繋がっていく怒涛のクライマックス。構成力がとにかく見事で、ゴア描写や血みどろの戦いによって瞬間的な面白さにも事欠かない。結局ブラッドリーは戦いに負け殺されてしまい、1年後、リンダは無人島に漂着した出来事を本にし、プロゴルファーにまで上り詰める。確約された副社長の座を奪われた変人女性は、偶然のサバイバル生活によってトップスターにまでなっていた。何と悍ましい物語だろう。観る前はスリラー映画だなんて思わなかったのに、最後まで観た今は彼女の行動一つ一つに鳥肌が立ってしまう。
人殺しも戦時中なら英雄なんてことがよく言われるが、実際現代社会では成功を手に入れられなくとも、別の時代や環境なら実力を発揮できるという人は多くいるのだと思う。今はADHDなんて括られてしまう人も、狩猟採集時代ならばあらゆることに注意を払える優秀な人物であったはずだ。そして逆に、他人とのコミュニケーション力、社会性だけでのし上がった人物は、少人数でサバイバルをする上では大して役に立たない。パワハラというのはパワーがあるからこそできるのであって、立場や権力を失ってしまえば不可能なのである。そして立場や権力というのは、非常に不安定なものなのだ。無人島に漂流した程度で、積み重ねてきたものがあっさりと崩れてしまうのである。もちろん無人島に漂着なんてことは実際にはほとんど起きないのだろうけれど、病気で体を悪くして仕事ができなくなったり、突然会社が倒産したり、誰かに裏切られて立場を失ったり。そういった不幸は決して想像できないことではない。だからパワハラなんてするべきではないのだ。立場を利用した言動は立場を奪われた瞬間に意味を失う。なんてことを映画序盤までは考えていたのだが、そんなことがどうでもよくなるくらいに清々しいクズ映画が観られてとにかく最高だった。早くも今年上位になるレベルの面白さなのではないだろうか。


