目に見えるものが真実とは限らない。
タクシー運転手と医者は両立できるのか。
末期癌は新薬を使った手術で治るのか。
ジョン・クレイマーは本当に救済の道を残しているのか。
コンフィデンスマンの世界へ、ようこそ!
いやあ、面白かった。『コンフィデンスマンJP 殺人鬼編』、もとい『ソウX』。本国では昨年公開されなかなか評判が良かったようなのだが、日本では目に取り付けられた筒状のガラスがXを模る不穏なポスターしか拝むことができず、とにかく公開が待ち遠しかった1作。ようやく日本でも公開になったため初日のレイトショーに駆け込み、期待以上の満足感で劇場を出ることになった。Xという特別感のあるタイトルに恥じぬ出来栄えになっており、クオリティに驚嘆してしまった。ソウシリーズお馴染みの肉体的苦痛や大どんでん返しはもちろんなのだが、私がとにかく気に入ったのが作品の精神性である。ソウシリーズは3作目でのジグソウの死によって、10作存在するにも関わらず、黒幕のジョン・クレイマーは実はほとんど出てこないというかなり特異なシリーズであり、4作目〜7作目ではジョンの後継者であるホフマン刑事が正体を知られないように次々と殺人ゲームを繰り返していくような、1作目とはかなりかけ離れた作品になっていたりもした。仕切り直しの8作目9作目も絶賛できるほどのクオリティには遠く及ばず、1作目のインパクトを再度叩き出すことはもう絶望的だと私は考えていたのだが…。
この『ソウX』はその高いハードルを遥かに超えてきた。1作目とはまた別ベクトルの面白さであり、シリーズが辿った変遷や紆余曲折を踏まえての楽しさではあるのだが、ソウの醍醐味とも言える部分と新たな側面が見事に融合していて、とにかく素晴らしかったのである。監督のケヴィン・グルタートはシリーズ5作目まで編集を担当し、6,7作目では監督を務め、8作目でも再び編集に携わっている。つまりはソウシリーズのほとんどに参加している方であり、シリーズの面白味を熟知しているとも言えるかもしれない。自分は6,7作目に対してあまり良い印象を抱いていなかったのだけれど、『ソウX』を堪能した後だとまた評価が変わってくるかもしれないと思わせてくれるほどの出来だった。ちなみに脚本はジョシュ・ストールバーグとピーター・ゴールドフィンガー。この2人は共に8,9作目でも脚本を担当している。6,7作目の監督に8,9作目の脚本家。過去の評価を考えると、決して盤石な布陣とは言えないのだが、その4作と決定的に違うのは、今作が1と2の間の物語であり、ジョン・クレイマーの物語を描くことができるという点である。シリーズでも語られなかった彼の過去が明かされ、おまけに2,3作目に登場した彼の弟子・アマンダとの絆まで描かれる。事前には知らなかったため、彼女の登場には大いに驚いた。しかもドラマパートにガッツリ登場し、彼女のジョンへの偏愛模様も描写されているのだ。シリーズを更に膨らませるかのような采配に脱帽してしまった。
ソウシリーズは大体ゲームの場面からスタートし、段々とプレイヤーの過去や罪が明かされる構成が大半だが、今回は少し趣が異なる。末期癌のジョンに「治療できる新薬がある」と持ち掛け、詐欺集団が彼から大金を騙し取る大掛かりな仕掛けから物語は始まるのだ。このパートはまさに長澤まさみ主演の『コンフィデンスマンJP』。あまりに分かりきった詐欺っぷりにこちらは笑えてきてしまうが、ジョンにとっては只事ではない。死が刻一刻と近づく中での、最後の希望を見つけたのだ。その上、経過は順調とまで言われた彼の心境はどれほどのものだったのだろう。現地の子ども・カルロスとのやり取りも何だか泣きそうになってしまう。それと同時に、明らかにゲームのプレイヤーとなるであろう詐欺師の面々をじっくりと紹介していくパートにはニヤニヤが止まらない。手術後、手紙入りの酒の贈り物を届けに来た彼は、施設がもぬけの殻となっていることに気づいてしまう。その上倒れていたモニターには手術口座のDVDを入れたプレーヤーが繋がれており、自分には手術など行われていないことを知る。包帯をゆっくりと外し綺麗な頭を見た時の彼の怒りがひしひしと伝わってきて、この時点で詐欺師集団を絶対に許さないという気持ちが観客とジョンのリンクを生む。にしてもプレーヤーくらい回収しなさいよ…。
ジョンは手始めにタクシー運転手をしていた男を誘拐し、腕の肉を削がなければ爆弾が爆発するというゲームに参加させる。彼は見事助かったものの、その後アマンダや警察の協力によって、更に4人を誘拐しゲームを開始。つまり、「いつものパート」がスタートするわけである。詐欺パートの丁寧さでうまく同情を誘ったものの、いつものパートになればやはりグロ拷問シーンの連続で勢いは削がれるのでは…という心配も、詐欺師のセシリア達に騙されたもう1人の被害者・パーカーの登場でかき消される。ジョン達側のドラマも展開され、ただグロテスクなだけではなくなっていくのだ。結果的にパーカーはセシリアが呼んだ彼女の仲間であることが判明し、事態は更に混迷していく。今回、ジョンはもちろんだが新キャラのセシリアもかなり素晴らしい。ジョンも世直しを掲げる一面があるとはいえ、やっていることは悪人なわけだが、セシリアは度を超えた生粋の悪。人を騙すことを何とも思っておらず、殺しさえ厭わないクズ女。最初にゲームに脱落して死亡した女性の服から携帯の着信音が鳴り、それを取るためのロープを探す中であっさりと死体を引き裂き腸を引き摺り出してロープとして使えてしまうヤバさ。この「ヤバい女」の表現はかなり一目瞭然で震えてしまった。すぐに「この女イカれてる」を観客に分からせる表現としてずば抜けている。ジョンとは違う意味で常軌を逸した怪物。『貞子VS伽倻子』の「バケモンにはバケモンぶつけんだよ」理論の応用である。他の人のゲームを「やるしかないのよ!!」と鬼気迫る表情で応援するのも良かった。あの非動さがなければジョンの仕込みかと疑ってしまうくらいに懸命に応援してくれていた。
ゲームでは2人が死亡し1人が生き残るが、パーカーがジョンを出し抜くと彼とアマンダに銃を突きつけ、生き残った1人の首の骨を折り絶命させる。そして、偶然外に居た少年・カルロスを建物に入れ、ジョンと共にゲームをさせる。子どもまで巻き込むだなんて…本当に最悪の女である。でも真相を知るまではカルロスもセシリアの仲間で今回のジグソウは子どももターゲットにするのか…と思っていた。どうやらカルロスは利用されただけのよう。ジョンと共に台に寝かされ、大量の血責めを喰らう2人。相手を救おうと相手側の血を止め台を傾けるレバーを互いに引こうとする友情の美しさもいい。というか、血責めは他のゲームに比べて弱いとはいえ、数度話しただけの老人を救うために自分を犠牲にできるカルロス少年の勇気にちょっと泣けてしまう。状況もよく分かってないだろうに…。
その様子を横目にパーカーとセシリアはジョン達のいた2階に金を取りに…というのが実は罠であり、金の入っているはずのバッグを動かした途端にタイマーが始動。ジョンとアマンダは首輪と足枷の鍵を取り出すのだった。まあ、分かっていたことではあるのだが、この映画における「大どんでん返し」はこれである。ジョンが負けそう…と見せかけて大逆転のオチ。言葉で説明するとちょっと弱いように聞こえるが、これがかなり良かった。というのも、2作目以降のソウの大どんでん返しは、どんでん返しのためのどんでん返し、つまりは1作目において象徴となってしまったが故の「ノルマ」に成り下がっていたためである。ソウは最後にどんでん返しを持ってこなくてはならなくなり、そのためにとにかく観客を驚かせることに腐心してきた。だが、その実態は「ホフマンが実は黒幕でした」などの粗末なもので、やはり1作目の衝撃には遠く及ばない。死体だと思っていた男が最後に突然動き出し、部屋の扉を閉めて「ゲームオーバー」と言い放つあの美しいラストが、原点にして頂点になってしまっていたのである。しかし本作は、1作目を無理に越えようとはしなかった。そう、別の戦場で戦うことにしたのだ。それはすなわち、「予定調和」である。
シリーズが1作目と2作目の間に位置付けられているということを知っていれば、この話でジョンとアマンダが死ぬことはないと分かる。たとえそれを知らなくとも、映画の雰囲気が大逆転の方向へと傾いていることには気づくだろう。つまりは、「あ、これジョンが勝つな」という予想を、程度の差はあれど観客が思い描くことができる構成になっているのだ。そしてセシリアの悪役っぷりが頂点に達したところで、彼女とパーカーは成敗される。どんな驚きを提供するかではなく、どうやってこの苦境を彼等が切り抜けるかというドキドキハラハラに転換したことで、『ソウX』は他のシリーズとは一線を画すと言えるだろう。これまでの作品には「はぁ…それはないでしょ…」というオチも散見されたが、今作は予定調和的な大逆転の面白さへと観客を誘導することに成功しているのだ。少年漫画でとんでもない能力を持つ敵が現れ、「一体こんなのにどうやって勝つんだよ!」と思うあの感覚に近いかもしれない。まあ、やっていることとしては「全て計画の内」というだけなんだけれども。
そしてもう一つこの映画がシリーズの中で取り分け凄いのは「ジョンをヒーローとして描く」ことに終始している点である。これまでもジョンの開催するゲームが世直しなのではないかというのは言われてきていたが、実質ジョンが黒幕として関わった作品は少なく、また、真っ当な倫理観を持つ人物が登場することになり、ジョンはあくまで「カリスマ的な悪」程度に位置付けられていたと個人的には思っている。しかし本作では詐欺師達のクズっぷりが強調され、結果的にジョンが友達の少年を救うという結末になっており、ジョンは完全にヒーロー扱い。詐欺パートでの悲壮感の演出や、「私に太陽が昇るか?」という序盤のセリフから繋がるラストシーンなど、とにかくジグソウを好意的に描いている。もちろんアマンダがゲームに対して問題提起をする場面などもあるのだが、方向性として今作のジョンは悪としては描かれていないと言えるだろう。インパクトの強いキャラクターによって支えられたシリーズがそのキャラに新たな価値を付与して存続を図るのは世の常だが、このジグソウをヒーローにする試みにはかなり感心してしまった。思えば『エスター ファースト・キル』もそういう作品だったため、何か海外ホラーでムーブメントが起きているのかもしれない。
長々と語ってしまったが、いつも通り拷問シーンのグロテスクさは凄まじく、ちゃんと痛みを伴いつつ緊迫感のあるシーンになっていて、単体の映画としてもかなり見応えがあった。ゲームとは関係ないが、私が好きなのはセシリアを自宅から誘拐するシーン。BGMもないまま、彼女の足音だけが劇場に響き渡る。リモコンのボタンを押す音に緊張感が載せられ、いつアマンダが来るのか…と張り詰めた空気を見事に演出した後に、モニターに映る天井の上の人影!そこからガラス張りの天井に物を投げてパリーンと割り侵入するという一連のシークエンスに感動してしまった。監督、グロテスク以外のホラーも全然いけるじゃないか…。
ただ、今回はあくまで禁じ手で、もう次はこのテイストで挑むことはできないはず。ソウシリーズは次作があるとしたらまた新たな展開作りに励むことになるのだろう。願わくば1作目の焼き増しのようなものでなく、今作のような別ベクトルの面白さがあることを期待したい。それにしても、眼球に筒を取り付けてのゲームがジョンの妄想で終わるとは…。あれももっとじっくり見たいゲームだった。
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