『X エックス』はスラッシャーホラーにオマージュを捧げていることは理解しつつも迫り来る面白さみたいなものは感じられず、正直この続編を観ることにも能動的になれなかったのだけれど、結果『Pearl パール』はかなり面白かった。とにかく印象的なカットが多い。前作の60年前を描きながら舞台は同じであるため、あの家や牧場、そして何よりワニのいる池(川?)に対して何だか懐かしさもあり、『X エックス』ではほとんど暗がりだったあの家が、『Pearl パール』では充分に美しい家屋であることも、時代の流れを感じられて良かった。そして何よりミア・ゴスの怪演。1作目では特殊メイクで老婆になりマキシーンとパールの二役を演じていたわけだが、本作は若い頃のパールが孕む狂気を見事に引き出していてとにかくすごい。戦争から戻った愛する夫を笑顔で出迎えるエンディングの笑いながら泣いている恐ろしさ。字で書くと竹中直人の笑いながら怒る人みたいになってしまうが、この映画でのパールはとにかく感情の起伏が激しく、それゆえに魅力的にも見えるし猟奇性も増大しているというとんでもない役どころ。でも彼女の演技でそこに説得力が乗っかっていて、もうとにかく圧巻。正直めちゃくちゃ面白かった。
『X エックス』は正直前半がかなり退屈で、ワニに目をつけられるマキシーンを上から撮っている映像とか、割と悪くないシーンもあるのだけれど、結果的に「殺人鬼にみんな殺されるんだろうな」という筋書きが読めてしまっていて。スラッシャーホラーはその中で手を変え品を変え、そして何より殺人鬼のキャラクターを個性的に仕上げてしのぎを削ってきたわけである。そんな中で若さに執着する殺人ジジババというキャラクターはすごくよかったし、ポルノ映画を題材に性的な活力の対比を描く構図にも魅力を感じたのだけれど、単純に映画としてはかなりスローペースで、そこがハマれない要因でもあった。グロテスクな映画をいくつも観ている人間からするとあんまり殺し方に斬新さも感じられず、何より老婆のパールにどことなく共感できてしまうからこそ、彼女が若くて未来のあるマキシーンに簡単に殺されてしまうラストに違和感を覚えた。
けれど、『Pearl パール』を観ると1作目への感情も変わってくる。『X エックス』を観た時に「もしかして3部作の第1章すぎるから面白くないのかも」と思っていたが、多分それは当たりで、このシリーズは3部作を通して観るほうがいいのだろう。まだ『MaXXXine マキシーン』が公開前なわけだが、少なくともこの2作を観た上ではそう思った。
『X エックス』で一番のポイントだった老婆パールの嫉妬。時代は60年前に遡り、彼女の過去が描かれるのがこの『Pearl パール』。厳格な母親と動けない父親に縛られ続けた彼女は、いつしかスターとなって華々しい映画の世界に憧れを抱くようになる。そんな中、近くでダンスのオーディションがあることを知りどうにか参加しようと考えるが、パールの目論見に気付いた母親に阻まれ喧嘩になってしまう。元々動けない父親をワニの餌にしようとするなど、かなり異常行動が目立っていたわけだが、ここでついにパールの狂気が顔を出し、揉み合いの最中に暖炉の火が燃え移ってしまった母親を、とりあえず消火だけして地下室に監禁する。関係を持ってしまった映写技師も自分を愛してくれてはいなかったと分かりピッチフォークで刺し殺す。このシーンも、広い農場を歩くパールの視点で獲物を狙う臨場感あるシーンだった。全体的にカメラワークもいい映画。
結局オーディションには落ちてしまい大号泣。一緒に参加した友人の女性が慰めるために家までついてきてくれるが、そこでの独白が凄まじい。「私をハワード(夫)だと思って言ってみて」と言われた瞬間に言葉があふれ出し、そこから約8分間の長回し。ただミア・ゴスが喋り続けるだけのカットは圧巻で、そしてそこに彼女の狂気と後悔と決意が全て込められている。表情とセリフがとにかく胸を打つ印象的な場面。彼女は愛や夢のためなら人を殺すことを辞さない恐ろしい女性だが、それは農場に縛られ続け、そしてこれからも縛られ続けるのだと苦悩していたことが原因で、人並みに浮気への罪悪感も持っている。夫に見初められようやく違う世界へ行けるはずだったのに、当の夫は農場生活を望み、そのまま戦争へ。期待が脆くも崩れ去った彼女の絶望はどれほどだっただろうか。そしてそんな絶望の中にあっても夢を諦めず、周囲の人々を殺し、ハワードの帰りを健気に待つ。結果的に2人の夫婦生活はマキシーンに殺されるまで、60年以上も続くことになる。
パールの視点で描かれたためにあまり良いキャラには思えなかったハワードだが、戦争から帰ってきたら腐った食事と義両親の遺体がダイニングに放置されていたことに驚くくらいの一般的な感性は持ち合わせていたようで、あそこから60年夫婦生活を続けたということは、それなりにパールを愛していたのだろう。この後パールと同様に彼も人殺しになってしまうわけだが、『X エックス』にあった、半ばギャグのようにも見えた求めてくるパールを拒むシーンでさえ、2人の愛の重さに思いを馳せるとかなり悲哀のあるシーンに感じられる。あんな狂った老夫婦にも、人殺しの秘密を共有して生きてきた絆があったのだなと。そしてパールは華やかな世界を渇望しながらも、夫とのささやかな生活を選んだのだなと。
というわけでこの『Pearl パール』を観ると『X エックス』の見え方もかなり変わってきて、いよいよ3部作がどう終わるのかが楽しみで仕方なくなってきた。3部作構成は時系列順で「パール × マキシーン」というタイトルの並びになっているように思えていて。つまり農場から出られず苦しみながら素朴に生きてきたパールの姿を描いた『Pearl パール』と、まだ若く未来のあるマキシーンが出会いを描いた『X エックス』。だからこそ『MaXXXine マキシーン』では、本来交わることのなかった2人の運命が交差した結末、つまりは華やかしい世界で活躍するはずだったマキシーンに、パール達を殺した過去が襲い来る物語なのではないかなと予想している。人は老いから逃れることはできないが、その「老い」をパールというキャラクターに託して、マキシーンの人生を描く完結編になるのではないだろうか。公開日は明日、とにかく期待が高まっているので楽しみである。