韓国映画にはあまり詳しくないのだけれど、サスペンス作品の濃密さには、たまにガツンと脳を殴られるものがあって。何気なく鑑賞した『満ち足りた家族』は正にそんな映画だった。弁護士の兄と医者の弟、2人の家族がとんでもない事件に巻き込まれる話。事件が矢継ぎ早に起こるわけではないのに、文句なしに面白く、とにかく胃をキリキリと痛めつけるようなどんよりとした展開が続く。正義と愛のどちらが勝つのか、そのせめぎ合いの行末と想像できない結末に驚かされる。
兄のジェワン(ソル・ギョング)は弁護士で、一度離婚して若い女性と再婚。前妻との間の娘を育てながら、新しく生まれた赤ん坊を含めた4人家族で幸せな生活を送っていた。弟のジェギュ(チャン・ドンゴン)は優秀な医者。ボケてしまった母親の介護をほぼ妻に任せ、いじめられっ子の息子と4人で暮らしている。そんな家族は出てこないオープニング、後ろの車の危険な運転に怒った運転手が車を降りてその若い男と口論になり、結果的に轢き殺されてしまうシーンから既に緊迫感は抜群。確実にこちらの息を呑ませる容赦ない演出に痺れる。しかも運転手が降りた車にはまだ娘が乗っており、その子も重症。そして、事故を起こした富裕層のバカ息子の弁護をジェワンが、重症の娘の治療をジェギュが行うことになる。
弟のジェギュがあまりにイケメンすぎて、血繋がってないだろこの2人…と思わずにはいられない。犬飼貴丈に似ているなあなんて考えながら観ていたのだが、これがチャン・ドンゴンだったとは知らず、エンドロールでびっくり。名前は知っていたものの、意識して顔を見たのは初めてだった。調べたら52歳。52歳であのかっこよさ、色気、ヤバすぎるだろ…。
物語は常に兄と弟の対立を描いている。もちろん取っ組み合うほど険悪なわけではないのだが、仲良し兄弟とは到底言い難い2人。事故に関しても、片や加害者を護る側、片や被害者を救う側。若い兄の嫁に、弟の嫁が嫉妬心をメラメラと燃やしていたり、相手の子どもについてもつい皮肉を言ってしまったりと、まるで昼ドラのような泥試合状態。兄弟の主張の違いだけでなく、嫁同士の対抗意識や、各夫婦間の不満なども盛り込まれてとにかくギスギスが止まらないのだ。この時点では、事故被害者の娘を救おうとする弟のほうが正しいように思える。まともな倫理観の持ち主が彼しかいないため(嫁はすぐヒステリックに騒いでしまうため、どうしても好感が持てない)、私は素直にジェギュ頑張れ…と応援してしまっていた。
そんな4人に悲劇が起こる。なんと子ども達が酒に酔ってホームレスに暴行を加えてしまうのだ。しかも4人が会食に出掛けていた夜。それぞれが後悔と不安に苛まれながら、どうにか解決策を模索していく。この悲劇によって家族関係は完全に崩壊。何としても娘を守るべきだと主張する兄と、罪を償わせるべきだと言う弟。反省の色のない子ども達の恐ろしさはどんどん肥大化していくが、それ以上に両親側のドラマから目が離せない。現代日本には子どもの視点から、生まれてくる家庭を選べないという意味で「親ガチャ」という言葉が流行っているが、親も子どもを選ぶことができないのである。どんなに品行方正に生きてきたとしても、新しく生まれた家族の言動によって、積み上げてきたものが一瞬にして塵になってしまう可能性は確かにある。弁護士と医者として幸せな日々を過ごしていた2組の家族に、子ども達は強烈な不幸を届けてしまったのである。
テレビ番組を観て最初に気付いた弟の嫁は、どうにか息子を守ろうと、血のついたシャツを丁寧に洗い、息子とも先駆けて話し合う。だが、事態が深刻だと感じた娘は父親に「友だちのこと」と言う体裁で話すも、父に気づかれたことから両親の4人は事件に関して意見をぶつけ合うことに。そこからの心理描写の丁寧さには舌を巻く。何より、対立する2人の意見がそれぞれ正反対なものへと移り変わっていく脚本が素晴らしかった。このパターン、自分は一番好きなやつなので本当に嬉しい。
映画界に衝撃を走らせたマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)でも同様の手法が取られていた。対立するのはアイアンマンとキャプテン・アメリカ。アイアンマンは清廉潔白だと信じていた自身の会社がテロリストに武器を横流ししていたことをきっかけに正義に目覚めた男であり、つまりは集団に対するカウンター。一方のキャプテン・アメリカはナチスから国を守るために募集された、アメリカの名を冠するヒーローであり、国民的スター。何よりも団結を重んじ国のために貢献してきた彼が、戦いの中で国や組織の腐敗を目の当たりにしていくうちに、個人の信じる正義に身を委ねるようになっていく。そしてアイアンマンも同じ戦いの中で、個人の能力の限界を知ってしまう。当初から共闘しながらも歪みあっていた2人の対立はスーパーヒーローを政府に加盟させるか否かを発端としたシビル・ウォーによって、戦争へと発展していくのである。
話が逸れたが、とにかく自分にとってこの対立する主張が入れ替わるパターンは完全にツボで。韓国のサスペンスでまさかこんなに上質なものが見られるとは思わず、感嘆してしまった。正義のために息子に自主を促したジェギュは、息子と2人で語り合ったことで親子の絆を再確認し、何があっても彼を守ると誓う。逆に娘の幼さゆえの危うさに気づき始め、事故加害者の全く反省の色が見えない態度に絶望したジェワンは、2人は法で裁かれるべきだと主張するように。要はとんでもない手のひら返しがダブルで行われているのだが、その心境の変化を緻密に描いているため、全く違和感はない。むしろ彼等の根底にあったはずの最も大切な部分が、子どもが事件を起こしたことで家族関係の危機に直面し、覆っていくという美しい心模様が描かれていく。
子ども2人の憎たらしさも素晴らしかった。娘はそもそもがヤンチャな性格なのだろうが、ほとんど喋らず何を考えているかよく分からない息子のほうは、観ているだけで常にイライラさせられる。そんな彼等が新たに生まれたジェワンの子をあやしながら、ホームレスへの差別発言で笑い合う。純粋ゆえの残酷さ、ここに極まれりといった感があった。息子を信じることに決めたジェギュ夫妻が録音された音声を聞かされた時の絶望感たるや…。結局2組の話し合いは平行線となり、通報しようとしたジェワンを止めるため、ジェギュは店から出た彼に車で突撃する。悲劇の事故で始まった映画が、悲劇の事故で終わるのだ。なんと美しく、辛い結末なのだろうか。