映画『迷宮のしおり』評価・ネタバレ感想 ラスト30分、あなたの世界が変わる…までが長い

ラスト30分、あなたの世界が変わる。

こんな宣伝をされたらラスト30分を待つような鑑賞体験になってしまうだろうがと噛みついていたのだけれど、実際に観たら本当にラスト30分で物語のトーンが一気に変わった。

 

マクロスシリーズなどで知られる河森正治のオリジナルアニメ映画、『迷宮のしおり』。元日ということもあってか自分が観た回では人入りはまばらで、どちらかというとアニメファンというより演者のファンと思わしき若い女性のほうが多かった印象。そういう方にこの物語がどう受け入れられたのかは非常に興味がある。この映画、スマホSNSを題材にしつつ自身の在り方や内面の話を展開しているのだが、それがどうにも分かりづらい。もっと端的に言えば、なかなか跳ねない。序盤はアニメーション的な面白味が「おぱんちゅうさぎなど、実在する多彩なスタンプが登場する」くらいしかなく、非常にもどかしい思いをさせられた。

 

主人公のしおりは引っ込み思案の女子高生。幼馴染の希星(きらら)と小さい頃に共に動画を上げ、彼女の動画だけがバズったことに落ち込み、それ以降自分の思いを外に出すことを彼女は諦めてしまった。そんな彼女のスマホが突如割れ、いきなりスマホの世界に閉じ込められてしまう。しかも現実世界では理想の自分になろうとするもう一人の自分がやりたい放題。スマホの電源が切れたら自分自身もスタンプになってしまうという過酷な世界で、彼女は自分の人生を取り戻すために、スマホ世界で出会った謎のウサギスタンプ・小森と共に旅をすることになる。

 

スマホSNSは今や現代人にとって欠かせないアイテムとなり、小説や漫画、ドラマでもSNSを題材にした作品は増えてきている。ただスマホSNSはもはや一般的であるがゆえに、その描き方は非常に難しいのではないかと感じている。誰にとっても身近だからこそ、物語の書き手の思想が浮かび上がりやすく、それが観客のスマホの使い方やSNSへの思想とマッチしなければ、簡単に「自分向けの映画ではないな」と切られてしまうからだ。そういった意味でこの作品はLINEやTwitter(新X)等をモチーフとしたSNSを登場させ、スタンプというSNS特有の文化を否定的な文脈で物語に落とし込んだ。自分はSNSの説明が丁寧にされるタイプのフィクションが嫌いなので(あ、このSNS知らないの?これはね…みたいな感じでなぜかTwitterと似たような機能をダラダラと説明されると萎えてしまう)、これくらい観客は分かるでしょと勢い任せにSNSをバンバン出してくる姿勢は良かった。ただ、スマホの世界や人とスマホが繋がるXG、もう一人の自分などなど、複雑な設定が多く世界観を理解するのに時間が必要だった。

 

スマホ世界は、現実とほぼ同じなのにしおりと小森とスタンプ達しかいない謎の空間というだけで、映像の迫力に欠けてしまう。後半、架神が明確に敵だと示されてからは呪詛のような言葉が咲き乱れる、ダークトーンな演出も多くなっていくが、正直このスマホ世界の冒険自体があまり楽しくなかったのが残念。閉じ込められたとはいえ、人間のいない街を闊歩できるのだから、もっとはっちゃけてもよかったと思う。そういう細やかな面白さがないままに、しおりの焦りとスマホ世界の設定だけが洪水のように流れてくるため、勝手に映画に難解な印象を持ってしまった。

 

もう一人の自分の真の目的、小森の正体、希星の行方などなど、いろいろと謎が多い作品でもある。そしてその謎が物語を牽引していくのだが、これも結構ミスリードが露骨で、完全に正解を踏めるとは言わないものの、何か明らかに怪しいだろ…と匂わせてくることばかりだった。小森が雑誌を出して「自分も架神に利用されたんです!」と言っていたのも、そんなわけないだろと思ってしまったし、希星のあの部屋を見ただけで「希星ちゃんもこの世界に来てるんだ!」はちょっと短絡的すぎる気もする。ツーショットで自分だけに不気味なマークが描かれていたらさすがに何かを感じてほしかった。もちろんこういった登場人物と意見の違う違和感が後でカタルシスに繋がるならいいのだが、小森の正体は予想通り本物の架神で、希星の成れの果てかと思われた希星愛用のスタンプは架神の用意した被験者だった…という、回収されはしたけど別に感情が湧かないタイプの答え合わせがされただけだったため、そこはかなりガッカリ。ミスリードもあまり上手くない上に、驚くようなゴールを用意してくれてもいなかったので、この点に関しては厳しかった。

 

とはいえ、この映画を嫌いになることは難しい。それはやはり、ラスト30分からの勢いのおかげである。小森が自分の正体を知り、架神と一騎打ち…架神が突然巨大合体ロボットを操縦し始め、一方の小森は巨大ヒーローに変身する。明らかにここまでの展開と違いすぎる馬鹿馬鹿しさがスクリーンを支配し、さすがに声を押し殺して笑ってしまった。自分はマクロスにあまり詳しくないので何とも言えないのだが、多分河森監督作品をよく知る人ならもっと笑っていたんじゃないだろうか。このバトルが始まったことで、それまで映画自体に何となくあった、どこか突き抜けない、冴えない印象が一気に払拭される。そうそう、こういう馬鹿馬鹿しいものが観たかったんだよ!

 

もちろん明らかにトーンが違うので、それこそ冒頭に述べたように役者陣目当ての観客なんかはどう思ったのかが知りたいところではある。ただ、自分はこの馬鹿馬鹿しさに心を打たれたし、こんなものを用意してくれているなら前半の退屈な展開もチャラにできてしまった。80分近く退屈なのはさすがにキツかったのだけれど、そのモヤモヤを取っ払ってくれるカタルシスが確かにあった。アイドルとして第一線を駆け抜けているtimeleszのメンバー(寺西拓人)にこんな変なことをさせているのも凄い。正直timeleszの事はあんまり知らないのだけれど、必殺技の名前を叫んでくれただけで一気に好感度が上がってしまった。相対する原田泰造が登場からずっと演技が上手いのもさすが。他のキャラクターは役者陣の素の声が出ているという感じなのに、原田泰造だけは全然彼自身が浮かび上がってこない、完全な小森。ベテランの業である。

 

そこから正にマクロスらしい歌とダンスの映像が展開される(あまりマクロスを知らない自分にとってはFILM REDのウタのイメージが近かった)。歌になるとさすが新しい学校のリーダーズ。SUZUKAの延びのある歌声がスクリーンで聴けるのは非常に贅沢で、それまでイマイチしおりにハマっていなかった声のイメージをガラッと変えてくれるから凄い。山田役の齋藤潤も声優初挑戦にしては健闘していたし、希星役の伊東蒼はセリフこそ少ないがかなり上手かった記憶。長台詞は去年公開の『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』を想起させる(この映画、ちょっととんでもない作品なので観てない方はぜひ観てください。好き嫌いとは別に度肝を抜かれるはず)。

 

 

最終的に「理想の自分になる」ことを願い1億いいねを集めたもう一人のしおりは、結局その理想の自分がよく分からないでいたというオチ。そしてもう一人のしおりは実はしおり自身が押し殺していた思いでもあった。希星や山田の助けを借りて2人が互いに理解し合うことで、しおりは過去のトラウマを乗り越え、2人のしおりは一人になる。これも読めてはいたオチなのであまり感動はなかった。どちらかというと、小森と架神も2人のしおりと同様2人で1人のはずなのに、巨大バトルで決着を着けるだけで終わってしまったのが非常に惜しい。しおり同士が和解したのだから、架神を一方的に悪だと決めつけて戦うシナリオはもう少し複雑にしてほしかったところ。希星が実はしおりを妬んでいたというのも、そもそもしおりが希星の動画についたコメントを読んでいれば(自分を可愛いと絶賛するコメントばかりだと気付いていれば)よかったのではないかと思う。というか親友と同時に上げた動画のコメント欄をチェックしないなんてことがあるか…。この辺りの詰めの甘さも気になってしまった。「誰かのいいねじゃなく、自分の溢れる気持ちを信じて」というメッセージも普遍的で分かりやすいが、それに至るための物語だったかな…と聞かれるとなかなか難しい。もっと早くしおりがもう一人の自分のことを理解できていれば良かったのかもしれない。

 

バトルシーンやライブシーンの迫力は確かなもので、映画館で観る価値を感じるものだった。こう言うと何だかマクロスから持ってきた部分だけが良かったみたいな気持ちにもなってしまう。自分はマクロスほとんど知らないのに…。

逆に物語の進め方は微妙だったし、設定も複雑だし(せめてセリフだけでなくアニメーションで見せるような工夫がほしかった)、キャラにもそこまでの愛着を持つことができなかった。架神が大学3浪した…みたいなのも個人的にはマイナスポイント。受験失敗が人生のターニングポイントになるというのがあんまりピンと来ないのと、あれほどの実力者なら大学なんて行かなくても全然やっていけるはずなので。

 

ただ良かったのはSNSスマホを題材にしながら、それらの露悪的な要素が描かれていないという点。普通SNSの話と聞くと、炎上や悪口などネガティブな物語を連想してしまうが、本作においてはスマホSNSもツールとして描かれており、そこに善悪の価値観が挟まる余地はなかった。何なら最後も「主人公が壁打ちようの裏アカを持っていたこと」が切り札になっており、裏アカの存在まで肯定するというのはなかなか見ないパターンで面白かった。SNSの負の面に目を向ける作品が多い中で、スマホと共存している世界をしっかり描けていたのはかなり良かったよなあと。そこを意識しての作品なのかは分からないけれども。

 

ただ全体的には痒いところに手が届かない作品だった。ラスト30分なんて言わず、もっと馬鹿馬鹿しくて良かったはず。