ハリウッドへ返り咲くことを夢見る落ち目の元スター俳優ニコラス・ケイジをニコラス・ケイジ本人が演じるという、設定だけでもう優勝レベルな映画。これぞハリウッドといった感じの大団円へ向かっていく家族愛を描いた王道ストーリーだが、作品に恵まれない時期が続いたニコラス・ケイジ本人のことを思うと、この映画が王道であることにさえ物語を見出すことができてしまう。彼のフィルモグラフィをイジりながら展開していく小ネタも小気味よく、軽快に楽しめるアクションムービーになっている。難しいことを考えず笑って泣けるエンタメムービー。それでも、ニコラス・ケイジが辛い時期を乗り越え再びハリウッドスターへの階段を上がっていくリアルと映画が重なり、不思議な味わいになっているのが面白い。王道であることにこんなにも意味がある映画も珍しいのではないだろうか。それと同時に、この映画は俳優も1人の人間であるというスタンスを前提としている。いや、結果的にそうなっていると言ったほうが正しいのかもしれない。主人公は16歳の娘との関係に悩みながらも、スターに返り咲く夢を捨てきれないでいる。しかしそれはどちらを取るというような二者択一ではなく、彼にとってどちらも価値の等しい目標なのだ。かつてのスター俳優でさえ家族との関係には悩み続け、娘には好かれたいと思っている。ハリウッドで活躍するような人は雲の上の存在だと考えられがちだが、彼等にも彼等の生活があるのだ。彼等が俳優として映画やドラマに出演するのも、私達が普段行っている労働となんら変わりはない。結果として世間的に有名になるかどうかという違いがあるだけなのだ。この映画は主人公がニコラス・ケイジなのに、やっていることは家族の再生というこじんまりしたテーマなのである。しかしそこには大きな意義があるように見て取れる。たとえこの映画が「ニコラス・ケイジにニコラス・ケイジを演じさせて王道ハリウッド映画を撮る」という捻ったコンセプトだったとしても、元スターの庶民的な苦悩には共感せざるを得ない。
私が好きなのはニコラス・ケイジのイマジナリーフレンドのように彼の前に時折現れるニッキーの存在である。この映画には多くの登場人物がいるが、ニッキーは度々主人公のニックをどこか別の方向へと導いたり、健気に話を聞いたり愚痴を話したりという役割を果たしている。そう、内なるもう1人の自分に思わず悩みを語りかけてしまうほど、ニックは孤独を抱えているのだ。娘へのアプローチは空回りし(誕生日パーティで父親から自作の歌を贈られるのは流石に引くが)、ハリウッドのプロデューサーからもいい反応はない。仕事もプライベートもうまくいかず、妻と離婚までしている彼にとって、自分を慰めてくれる存在はもう1人の自分しかいないのである。ニックがニッキーを直接倒し成長するような描写はないが、彼の存在は明らかに孤独の象徴と言えるだろう。
別人格と会話をしてしまうほど孤独を抱えた彼の前に現れるのが、彼の大ファンであるハビ。報酬のいい誕生日パーティに参加するだけだったはずが、彼が自分の生粋のファンであることを知り、いつの間にか意気投合してしまう。ハビを演じるペドロ・パスカルの、ずっとニックに憧れてきたという表情が素晴らしかった。元々愛想はいいほうなのだらうけど、彼の前では更にデレデレになってしまう。そのかわいらしさが素晴らしい。というか全体的にニックへの愛の大きさが良い。自分がかなりのコレクターであると隠していたりとか、そういうオタク的な素振りがずっと可愛らしいのである。そしてそんな強い愛情がニックの心を絆していき、2人はあっという間に親友のように交流を深めていくのである。ニッキーとばかり話していたニックに遂に親友が誕生したのだから、これは感動せざるを得ない。しかしニックの前にCIAが現れ、ハビは犯罪グループのリーダーで、大統領候補の娘を拉致した犯人だと知らされる。親友がテロリストなのかを確かめるべく、彼は成り行きに身を任せてCIAのスパイとして暗躍することに。この辺りのふざけっぷりや侵入アクションなんかはとても良かった。ノリがちょうどよく、「ああ、ハリウッド映画を観ているな」という気持ちにさせられる。どう見ても人当たりの良さそうなハビが犯罪グループのリーダーだと知った後で、ハビの行動の一つ一つが恐ろしげに見えてくるギャグも面白い。ニックに娘と仲良くしてほしくて元妻と娘を騙して呼び出すハビも酷いが、それを「家族を人質に取られた!」と焦り出すニックがあまりに面白すぎる。アンジャッシュのコントのようなズレた展開は次第に雲行きが怪しくなり、ハビの従姉妹のルーカスが黒幕だったことが判明し物語はクライマックスへと加速していく。
最後はルーカスを倒して家族と大統領候補の娘を救う大団円がハビの脚本で映画化され大絶賛されるというこれ以上はないというくらいのハッピーエンド。だがそこが素晴らしい。あまりにもフィクションが強すぎるこの美しいエンドの中心にニコラス・ケイジがいることこそが、この映画にとっての本懐なのだから。そして彼は元妻や娘ともやり直し、新たな生活を送る。大スターへ返り咲くと言うマクロな視点と、家族の再生というミクロな視点。そこには、かつてスターでありながら、借金を抱え多くの低予算映画に出ることになったニコラス・ケイジ自身の姿を重ねることができるのだ。彼は一度の人生で、トップスターという肩書と庶民的な空気感を手に入れることに成功した。そしてその生き様を見事に面白おかしく表した映画が、この『マッシブ・タレント』なのである。
なんて難しい風に語ってしまったが、とにかく頭を空っぽにして楽しめるハリウッドムービーであることを強調したい。自分は『ナショナル・トレジャー』や『ゴーストライダー』、『ウィリーズ・ワンダーランド』くらいしかニコラス・ケイジを知らなかったが、それでも充分に楽しめる。きっとあの黄金銃やクッションに感動した人も世の中にはいるのだろう。ニコラス・ケイジという俳優がどれだけ人に愛されているか、そして撒かれた愛を受けた人の支えがどれほど本人の力になるか。そうした大切なことに気づかせてくれる素敵な映画だった。