正月早々ポール・W・S・アンダーソン監督でミラ・ジョヴォヴィッチ主演の映画が公開されるのは本当にどうかと思う。あまりに正月に似つかわしくない。だがその不自然さこそが、正月という非日常にボンクラ映画という日常を差し込んできてくれているようですごく嬉しい。そもそも正月からこんな映画を観に来る人間はもう相当な映画好きだと思うので誇っていいだろう。多分家族との用事がある人は一切劇場に来ていないはずだ。それらをキャンセルしてでも足を運びたくなるようなものではない。2026年初日の劇場は、そういうどこか孤独な空気に包まれていて大変居心地が良かった。
『ロストランズ 闇を狩る者』は、『ゲーム・オブ・スローンズ』等で有名なジョージ・R・R・マーティンの短編小説を原作にしたファンタジーアクション映画。アンダーソン監督とミラ夫妻と言えば『バイオハザード』シリーズや直近だと『モンスターハンター』が思い起こされる名コンビ。B級映画の代名詞と言っても過言ではない彼等の作品は、絶賛するほどではないものの何故か不思議と愛着が湧いてしまう可笑しみに溢れている。思いがけず傑作だと嬉しいし(そんな経験があるかは不明だが)、そんなに面白くなくても、まあこの2人の作品だしなあと笑って過ごせるような親しみがあり、どこか憎めない作品をいくつも作り上げている。
おそらく映画の予告を観て「おっ、これ面白そう!」となるタイプの映画ではないので、わざわざ映画館に足を運ぶような人は監督達のことを知っている人だろう。だがこの映画、いざ観てみるとかなり骨太なファンタジー作品。さすがは巨匠の短編だけあって、かなり壮大で重厚な物語が展開されている。勿体ないのは映画がその物語の重みに見合っていない点。原作を読んでいないしゲースロも観ていないので比較することはできないのだが、この作品はきっと小説という媒体でこそ強みを出せる作品なのだろう。グレイ・アリスとボイス、共に人の理から外れた存在が旅の中で絆を深め、互いを認め合い孤独を分かち合う物語。その裏で渦巻く陰謀や愛憎。しかしその重厚さが映画の中では重苦しさに変わってしまっていて、全体的にアンダーソン監督向きじゃないなと感じてしまった。もっと間延びするような、弛緩するような作品のほうが彼は向いている。彼の映画の題材となるには、この作品は重すぎた。
何より、映画では人物描写がほとんどできていない。デイヴ・バウティスタ演じるロストランズの案内人であるボイス、彼がいつの間にかグレイ・アリスと仲を深め、俺達には同じ血が流れているとまで言い出すのだが、そうした友情を感じられるシーンが全然ない。言わば余白がないのだ。出会っていきなり危険な旅に連れ出され、拠点で恋仲にあった女性を殺され、2人を狙う処刑人に殺されかかる。そうしたイベントの中で絆を感じられるシーンがほとんどなく、ただ戦っているだけなのに何故か突然距離を縮めてくる変人が誕生してしまっていた。また、この時点では観客には彼の正体も分かっていないので余計に不気味である。
一方のグレイ・アリスも長年生きているにもかかわらず容姿は若いままで、人から忌み嫌われる存在であることが序盤で示唆される。そんな彼女が王妃に狼の変化人となる力を手に入れるよう依頼され、人の願いを断れない彼女は危険地帯であるロストランズに赴くことに。しかし直前に王妃の部下で彼女を愛する男に別の依頼をされる。その依頼とは、王妃の依頼を叶えないでくれというものだった。人間関係が複雑に入り組んでいるためなかなか理解に時間がかかり、序盤の情報量では結構違和感もあるのだが、それらが終盤で一気に明かされる。ミステリー要素が盛大に紐解かれ、全ての謎が解決する終盤は手に汗握る面白さ。なるほどそういうことだったのか…!のオンパレード。とはいえ、この手法は言わば「コンフィデンスマンJP」であり、全て主人公の仕掛けたものだったというオチで、人によってはネガティブな意見も出るかもしれない。
ただ自分はかなりこのミステリー要素に心を掴まれてしまったし、だからこそ心理描写が足りずアリスとボイスの絆をうまく表現し切れていないことにモヤモヤしてしまった。きっと小説で読んだらもっとしっかり描写されていたのだろうと、そんな風に感じてしまったのである。
ネタバレ込みで映画の真実を話すと、
まず王妃がそもそも老いて動けない王を忌み嫌っていて、変化人であるボイスと浮気していた。そしてボイスを愛する彼女は、彼と同じになること、自分自身も変化人になることを望んでいた。一方で王妃の部下の男は王妃を愛しており、ボイスとは知らないまま浮気相手のことを憎んでいた。王妃と部下は、それぞれ自分の目的のためにアリスに依頼をする。
依頼を受けたアリスは未来を見通す力で変化人の正体がボイスだと知る。ガイドを頼みたいと嘘をつき彼とロストランズへ赴く。道中、アリスが邪魔な教会の追手や処刑人が2人を襲ってくるが、それらを躱して2人は変化人のいるスカルリバーへと向かう。スカルリバーで遂に変化人を…というところでボイスが自身の正体を明かす。しかし事前にそれを知っていたアリスは対策もバッチリで、結果的にボイスは敗北してしまう。アリスはボイスの毛皮を剥いで王妃に渡すが、一緒になる予定だった愛するボイスの死に王妃は泣き崩れる。部下の男は王妃の願いを叶えない約束だったとアリスに詰め寄るものの、アリスは「お前の願いはそもそも王妃と男がくっつかないことだろう」と彼の心を見透かした上で、願いは叶えたと言う。しかし、ボイスは死んでいなかった。アリスは全てを見越した上でボイスを生かし、2人は孤独を分かち合う者としてこれからも共に生きることを決めたのである。
ボイス=変化人が明言されていなかった中盤までは何が何やら分からない(そもそもガイドなのにボイスが全然仕事してないじゃんとか思っていた)ので、それまでは正直退屈どころか混乱していた。だが、ラストの種明かし…特に映画の最初にボイスが観客に語り掛けてくるような演出が、実は最後にアリスに話していたと明かされる辺りのロジックは非常に良かった。そして複雑な人間模様が入り乱れている物語だからこそ、それらの描写が最低限に留まっているのが惜しかったのである。
また、VFXもかなり酷い。背景はどれも安っぽく、舞台も荒涼とした大地が主なため、すごくチープな質感になってしまっていた。アクションもあまり見応えがないというか、小説に書かれていることをとりあえずVFXで映像化しましたというものに留まっていて、二丁拳銃なんかも全然見応えがない。話の大筋が見えない序盤なんかはせめてアクションで稼いでほしかったところ。デイヴ・バウティスタがクールな男を演じているのがちょっと面白かった(ドラックスのイメージが強いので)ことを踏まえても、全体的にのんびりとした空気が漂っており、年始にこれを観るのはやっぱり間違いだったかもしれない…と思う瞬間が何度もあった。
脳内の小学生を喜ばせてくれるような作風が特徴のポール・W・S・アンダーソン監督の作品の中では、かなり硬派だったように思う。奇を衒っていないというか、ストレートなミスリードやミステリー要素があって、それらが監督の作風とマッチしていないように感じられてしまった。とはいえ作品のポテンシャルは非常に高いので、原作も読んでみたいし『ゲースロ』にもちょっぴり興味を持つことができたので収穫はあったと言える。原作、2004年のSFマガジンに短編として掲載された「〈喪土〉に吼ゆ 」らしいのだが、単行本にもなっておらず中古で4000円くらいの当時の雑誌を手に入れるしか読む方法がないのがもどかしい。このタイミングでどうにか単行本化してくれないものか…(何なら年末は2000円で手に入ったのに高騰してる…)。


