映画『口に関するアンケート』評価・ネタバレ感想 映画オリジナルの仕掛けに脱帽

ホラー映画界の巨匠・清水崇監督の新作は、『近畿地方のある場所について』で、一躍ホラー小説界の星となった背筋の『口に関するアンケート』の実写化映画。書店でこの本を見た人には分かると思うのだが、原作は女性の口元のアップというシンプルな表紙に他の本より一回り小さいサイズという出で立ちで、見た目からして恐ろしい存在感を放つ小説。60ページほどの内容で、ぶっちゃけて言えばこの短編1つが600円ほどするのはかなりコスパが悪い気もするのだが、それでも手に取りたくなる不気味さがある。

 

私は本の存在を以前から知っていたものの、読んだのは映画を観る直前。それくらい手軽に読める内容なのだが、ホラー小説としてのレベルはかなり高い。「口に関するアンケート」という謎だらけのタイトルの意味が徐々に明かされるが、自分自身も怪異に絡め捕られていくような恐ろしさがあり、そして最終ページのアンケートの異様さに慄然とする。本自体にビニールが掛かっているのは単に立ち読み防止というだけでなく、この恐怖が漏れ出さないように封をしているのではないかとさえ疑ってしまう。

 

原作小説におぞましさを感じる一方で、正直映画にはほとんど期待していなかった。清水監督のことは決して嫌いではないものの、傑作ホラーを作るというよりは、ティーン向けのキャッチ―なホラー映画を短いスパンで量産するタイプの監督といった印象で、『犬鳴村』や『ミンナのウタ』というシリーズものに関しては若干食傷気味でもあった。それでも大人気監督なのは間違いなく、実際今月もこの『口に関するアンケート』だけでなく、『ミンナのウタ』シリーズの3作目となる『だぁれかさんとアソぼ?』が公開予定で、9月にはあの『八つ墓村』が監督の手によってリメイクされる。

 

89分という短さはちょうどよいが、原作の内容からして89分でも長いくらいだし、多少引き延ばしてテンポの悪いホラー映画になっているんじゃないかなあと予想していた。板垣李光人に吉川愛、笠原桃奈に綱啓永、若手人気キャストを集めているし、小説も知名度があるため、ヒットはするだろうが中身は微妙だろうと高を括っていたのだが、これが大間違い。小説から追加された脚色が素晴らしく、予想外に驚かされ、小説だけでなくきっちりと映画に関しても恐ろしさを感じられる作品になっていた。いやむしろ、小説を読み内容を頭に入れている人ほど、驚くことになるのではないだろうか。

 

ネタバレになってしまうが、原作小説の恐ろしさは「人口に膾炙する(広まっていく)ことで、怪異が形を変えること」に結び付いている。元々はただ人々が祈りを捧げるだけだった木が、「呪いの木」となり、いつしか「呪われた木」になってしまう。人が物事に勝手に意味を付与することで怪異が生まれたり、その性質が変化したりしていくというのがキモの部分だった。読み手それぞれが文章から想像していた脳内映像が、最後のアンケートによってぐにゃりと曲げられ、一気に”意味”を付与される。そしてそれは登場人物達が辿った道筋と同じなのだ。また、原作はキャラクターそれぞれが独白していく形式を取っているが、それによる時系列トリックも発生している。具体的に言うと、当初は語り手全員が同じ肝試しに行ったかのように語られるのだが、実は語り手には2グループ存在しており、別の話をしていた、というものである。映画ではそもそも視覚的に分かってしまうためか、翔太達4人と、堀田・川瀬の2人は別団体だということが序盤で既に示されていた。

 

原作は小説であることを利用し、いわゆる「信頼できない語り手」的なニュアンスを含んだ物語になっている。読者が想像し切れなかった余白が、ページを捲る毎に徐々に埋まっていき、そこに恐怖が挟み込まれるのだ。一方で映画においては前述した通り、媒体が違い視覚的に見せなければならないため、小説のトリックをそのまま用いることが難しくなっている。全員が顔をどアップにしてそれぞれ語っていくシーンもギリギリだろう。何より、原作最大のウリである時系列トリックを封じられ、映画は一体どうなってしまうのか…と、始まった直後はかなり心配になった。

 

独白シーンも懐かしきファンキーモンキーベイビーズのジャケ写にしか見えなかったし、原作から足されたキャラクター同士の掛け合いについても凄く薄味に思えた。原作ではオカ研の友達という堀田と川瀬の関係性はヤンキーと気弱なオタクに変更されており、それ自体も「川瀬がどうして堀田の命令に従うのか」がまったく分からない。集団からいじめを受けていたり、弱みを握られているなら理解できるが、「逆らえないんです…」程度の気弱さでひたすら彼の横柄さに耐えている。そもそも堀田からしても、どうして別に仲良くもない人間と2人で肝試しに行くのだろうか。翔太達4人の肝試しも映像になると途端にチープで、肝試しで1人ずつ墓地を通り抜けるなんてことになるか…?と疑問に思ってしまった。人物描写はまったく上手くないが、ホラー映画あるあるな演技力不足の俳優がいないため、映画としては見応えがある。

 

だが、単純につまらない。セミの声は全然リアルに聞こえないし、狂ってしまった杏(吉川愛)が木にしがみついているのも滑稽でしかないし、堀田と川瀬のシーンは単純に何を言っているのかよく分からないシーンがあった(原作を読んでいるため内容は分かったが)。杏だけでなくウェイトレスの首も少し長くなるシーンは怖かったが、怪異が抱き着いてきたりするのは『ミンナのウタ』でも観たため既視感がある。というか、清水監督の「いつもの描写」がずっと続く、かなり間延びした作品に感じてしまっていた。早く90分終わらないかな、次に予約したトイ・ストーリー5のほうが楽しみだなと思っていたのだが、映画オリジナルの展開が始まった後半から劇的に面白くなる。

 

川瀬は堀田と肝試しに行った後、バイト仲間の翔太にこのことを話し、そこから翔太は「呪いの木」の存在を知る。原作では川瀬・堀田と翔太達4人に接点はなかったが、この時系列が明かされたことで、杏が肝試しによって狂いその後「白い服の女」という怪異になった、という見立てが間違いであったことが分かる。独白をレコーダーで聴き続けていた中村獅童が翔太達4人が映っているはずのコンビニの監視カメラを観ると、そこには杏が映っていなかった。竜也の恋人は美玲で、翔太の元カノも美玲。肝試し後に翔太が作った行方不明の杏を探しているという貼り紙には、杏ではなく「呪いの木」の写真が掲載されていた。そう、杏など最初からいなかったのである。

 

この仕掛けが本当に鳥肌もの。私は映画の公開前に原作を読んでしまうことが多く、ただ映像化されただけのものだと、自由に頭の中に思い描いていた映像が映画によってイメージを固定され、ただガッカリしてしまうことがよくあるのだが、この映画は怪異を更にプラスし、「マジかよ!」と驚いてしまう出来であった。完全に原作を間延びさせた映画だと見くびっていたところに驚愕の展開が用意されており、この仕掛けを味わえただけで充分元が取れたと言っていいくらいである。小説だからこそできた恐ろしい仕掛けを、うまく映画という媒体に落とし込んだという意味では白石晃士監督の『近畿地方のある場所について』に近いかもしれない(賛否両論だが私はこの映画の翻案がかなり好きなので)。

 

そこから原作通り翔太の目的が明かされるが、ここも板垣李光人の迫真の演技が素晴らしい。あの幼いルックスから狂気が飛び出してくるのが普通に怖かった。そしてそこから全員の独白が、自殺前に録られたものであることが明かされる衝撃のラスト。アンケートの内容も原作からは変わっていたが、これはこれで不気味で恐ろしい。一方で、「口に関するアンケート」というタイトルの意味は少し変わってしまっていた。タイトル回収が気持ち良い小説でもあったので、その点は残念。

 

観終わってすぐは脚色の凄味に感動し、すぐさま脚本家の山浦雅大さんの名前を検索してフィルモグラフィを調べたのだが、何と『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』や多くの民放ドラマに関わっている方で、ホラー作品は初めてだという。そんな才能が埋もれていたなんて…、いやむしろミステリーや叙述トリックの名手なのだろうか…と更に調べたのだが、映画オリジナルのトリック自体、そもそも原作の背筋によるものである可能性が浮上した。

 

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こちらの清水監督と背筋の対談で、映画化に際して背筋が原作で用いなかった「B案」が映画に採用されたことが語られている。そのB案の詳しい内容までは語られていないものの、話の流れからして「杏がそもそもいなかった」というトリックがそれに該当するのではないだろうか。つまりは原作だけでなく映画も、背筋さんの作品だからこそクオリティが高かったのかもしれない。思えば序盤の会話シーンなどは非常に平凡で、4人の会話もつまらなかったし、堀田と川瀬の関係性もよく分からなかった。脚本そのものというよりは終盤の映画オリジナルトリックに感動したので、これは背筋の手柄と言ってよいかもしれない。

 

また、インタビューでは背筋からこの作品が芥川龍之介の『藪の中』にインスパイアされた作品であることも語られている。『藪の中』も本作と同じように語り手が移り変わり、ある日の出来事を話していくというスタイルなのだが、同じ事件を語っているはずなのにその内容が少しずつ食い違っているという作品。ホラーではないものの不気味な余韻を残しており、何より普通に面白いので未読の方にはぜひ読んでもらいたい。なお、『藪の中』を黒澤明が映画化した『羅生門』(タイトル詐欺。紛らわしすぎる)も素晴らしいので是非。

 

 

 

 

実際B案が本当に杏の正体に言及するものだったのかどうかは今のところ不明だが、この映画が清水監督作品の中でも群を抜くレベルで面白い上に怖いというのは間違いない。清水監督にはどうしても手癖みたいなものが染みついてしまっていて、それが味わい深さであると同時にマンネリでもあるのだが、きちんとトリッキーで魅力的な脚本と組むことができれば、ベテランの業で素晴らしい映画を撮ることができるのだろう。この映画も決して全てが褒められたような内容ではないが、トリックに見事に騙され、きちんとおぞましさを喚起させてくれる作品になっていた。今年のホラーもまだまだ期待できそう。

 

 

 

 

映画を観た後に本屋に寄ったところで知ったのだが、コンパクトサイズの書籍第2弾として『目が』も発売されていた。口の次は目である。

 

目が

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