映画『金髪』評価・ネタバレ感想 あくまでおじさんの個人的な物語

金髪 (幻冬舎文庫 ふ 42-1)

 

坂下雄一郎監督の最新作、『金髪』。映画館の予告でなんだか変わった雰囲気の映画だなあと思ってはいたが、実際に観てみるとこれがまあ面白くて面白くて。決して大衆にクリーンヒットするような映画ではないのだけれど、社会風刺がすごく様になっていて気持ちがよかった。岩ちゃん演じる主人公の市川を誰か早く止めてくれ~と叫ばずにはいられない。こんなに痛々しいおじさんを100分以上もスクリーンで観られるなんて、これはもうIMAXレベルの価値なのではないだろうか。

 

市川の勤める学校で、ある日突然一部の生徒が校則を無視し、金髪に染めて登校してくる。ずらっと理科室に並べられた金髪の生徒達というだけでなかなか不気味なのが面白い。その対応に苦慮する教師・市川は、社会や他人を見下し、自身の実力を過信し、30目前なのに自分がまだ若いと勘違いしている上に、どこまでも上から目線でまったく自己を客観視できていない痛々しい男性だった。彼の早口な独白や、人によく見られたいがために爽やかな笑顔で会議をやり過ごす姿が本当に見ていられない。こういう人いるよねと思う節もあるし、人によっては過去の自分を見ているようで恥ずかしさに悶えてしまうのではないだろうか。そんな痛々しいおじさんを三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEの岩田剛典が演じているというのが面白く、あんなに実力も人気もあるアーティストでも、撮り方一つで、ありふれたおじさん像に当てはまってしまうのだという発見もあった。

 

しかしこの映画で何より良いと思ったのは、おじさんに対する眼差しだ。一人一人のキャラクターとしては、市川の態度に明らかに苛立ったり、彼を不審に思ったりするわけなのだが、映画はそんなおじさんに救済の手を差し伸べる。劇中でも市川が言っていたおじさんへの差別を是としない姿勢がとても良かった。もちろん大きなくしゃみや道を占拠する邪魔な団体に避けずにぶつかっていくような嫌な言動はあるのだが、そういった部分は直していけるし、おじさんの全てを否定することはないという思いが映画から伝わってくる。彼は市教委から目を付けられ、恋人にも距離を置かれ、絶体絶命のピンチに、金髪事件の言い出しっぺである板緑(白鳥玉季)と手を組んで、世間を騒がせるほどの事件を起こし、それを実は善意でやったものだと覆すことで、再び社会復帰を果たそうとした。なんというか、ただの馬鹿である。

 

その上テレビ番組に出演して余命僅かだと嘘をつこうとまでしていたのだ。本当にただの馬鹿というか、痛々しさもそこまでいくとさすがに…という感じなのだが、彼は恋人との会話でギリギリで踏みとどまり、テレビ番組での発言は謝罪にとどめる。だが、その直後に芸能人の結婚発表が差し込まれ、金髪事件に端を発する市川の炎上はものの見事に世間から忘れ去られていった。彼がその後に出会う、金髪事件をまったく知らない男も印象的。SNSという狭い世界が全てのように考えていて、陰謀論とまではいかないものの、ネットから得た知識を声高に主張していた市川にとって、事件の存在さえ知らない男との邂逅は衝撃的だっただろう。でも、実際に自分もそういった人に遭遇したことがある。さすがにあの事件は知っているよなと思って当たり前のように話したら、「何それ?」と言われたのだ。自分が社会問題だと思っていることが、実は人にとっては取るに足らないような出来事だったという経験は、誰しもしたことがあるのではないだろうか。そしてそれはSNSに限らない。ましてコンテンツがありふれた現代では、情報の取捨選択に生き方の違いが表れる。自分の観測できる物事だけが世界の全てだと思ってはならないと、改めて感じさせられた。

 

市川の身に起きていることは正直劇的なことではあるのだが、それは冒頭の台詞にあるように、「個人的な話」なのだ。そして彼はこの事件を経て、自分の痛々しさに気付き、変わっていくことを決意する。それでも板緑に対して「お前の笑顔、初めて見たよ」と気持ち悪い言葉をかけてしまい、「キモッ」と即座に返されてしまう悲劇。こういうところは本当に一つ一つ直していくしかないのだろうなあと。自分ももうおじさんと言える年齢になってしまっているので、いい加減気を引き締めねばならない。

 

ここまで丁寧におじさん描写をしている映画、それでいてそれを軽蔑の眼差しで描かず、彼の変化を心優しく見守るような映画はなかなか珍しいかもしれない。昨今ではコンプライアンスを意識したようなドラマや映画は日本で増え続けており、その代表が『不適切にもほどがある!』だろう。現在放送中の『じゃあ、あんたが作ってみろよ』も、竹内涼真演じる大分出身の主人公が恋人にプロポーズを断られたことをきっかけに、自身の生き方を見つめ直す物語である。だが、これらのドラマとは対照的に、『金髪』はおじさんである主人公・市川に強い言葉で正しさを向けることをしない。どこまでも淡々と、そしてキャラクター達は婉曲的に、彼がおじさんであることを突き付けていくのである。振り切ったコメディにならず、坂下監督らしいテンポ感でじわじわとおじさんポイントを稼いでいく市川が印象的だった。あとは予告でも聴けるメインテーマが本当に良い。何度でも聴ける。

 

中年男性の痛々しさ、そしておじさん化、そこにSNSの炎上や社会問題を緩やかに組み込みつつも、映画としてしっかりまとまっていてかなり良い作品だった。坂下監督は選挙を題材にした『決戦は日曜日』も面白かったので、こういう地に足のついたコメディみたいな作品をこれからもたくさん撮ってほしい。坂下監督、『金髪』の前週に『君の顔では泣けない』という、幼い頃に入れ替わってしまった男女が成人になっても元に戻らないまま…という一風変わった感動系映画を撮っているので、そちらもチェックしておきたいところ。タイミングもあるのだろうが、このキャリアで監督作が1週ズレての公開というのも面白い。