『勝手にしやがれ!!脱出計画』感想

勝手にしやがれ!! 脱出計画 [DVD]

 

1作目の『強奪計画』の次は『脱出計画』。一体何から脱出するんだろうと思って観ていたら、まさかの日本脱出してオーストラリアで悠々と暮らそうぜという意味だったのでスケールの違いに驚いた。とはいえ、雄次と耕作の庶民的なスケールは変わらない。1作目は雄次の恋がメインになっていたが、今回は打って変わり、ゲストとの掛け合いを通じて雄次と耕作の関係がより深く描かれる。むしろ1作目で雄次に焦点が当たりすぎていたのかもしれない。それくらいこの『脱出計画』はコンビもの、バディものとしての趣が強いのなだ。何より、普通男2人でオーストラリアに行こうなんて考えない。

 

前回は保母かつホステスの涼子1人の印象が強かったが、今回は涼子くらいアクの強いゲストが3人も登場する。ヤクザの娘のアスカ、アスカに惚れられた予備校生の木村、そしてそんな木村が一目惚れした陽子。しかもアスカと陽子は実は姉妹。アスカと木村のイチャついている現場を抑え、彼女の父である神崎に報告した雄次と耕作だったが、流れから木村を家に匿うことになる。しかし木村を呼び出せば200万渡すという神崎の言葉が頭から離れず、彼を引き渡すことに。これでオーストラリアに飛べると期待に胸を膨らませた2人だったが、帰宅するとなんと自宅に木村が。しかも木村の叔父はオーストラリアにいるらしく、彼も神崎から逃げるためにオーストラリアに行くしかないと考えていた。奇妙な符合の後、木村は恋人の陽子がいないのならオーストラリアには行かないと言い出し、雄次は渋々陽子に会いに行く。

 

態度や振る舞いから明らかなのだけれど、この木村という男がかなりおかしい。涼子にはまだ妖しい魅力があったが、この木村はただのポンコツである。コイツのせいで雄次達は神崎に襲われることになるし、木村の勘違いや天然っぷりがどんどん物語を加速させていく。前作の松浦は雄次達に言われるがままに色々とこなす姿が笑いを誘っていたが、木村はとにかく勝手に行動して雄次を困らせるのだ。しかしその天然っぷりはどこか憎めず、アスカが惚れたり耕作が気に入ったりするのもなんとなく分かる。陽子を自分の恋人だと言い張るものの、雄次がいざ陽子を訪ねると印象にすら残っていなかったりと、どこか哀れなのだ。しかも陽子は雄次に一目惚れしてしまう始末。泥沼の四角関係が出来上がるものの、そこからの展開がすごい。

 

結局5人でオーストラリアへ向かうことになり、雄次以外の4人は買い物ですら子どものようにはしゃぐ。このシーンのみんなが本当に楽しそうでなんだか泣けてしまうのだ。姉妹とか恋敵とかそういうことを一切忘れて、ただ楽しみに身を任せるような素敵な時間を演出できる黒沢清、やはり凄い監督である。そして最終的にはアスカのボディガードまで加わり、6人で神崎に見つからないようオーストラリアへ…。しかしその直前に神崎の部下に気づかれ、男達を止めようとしたボディガードがあっさりと撃たれて死んでしまう。ヤクザなのでそこまで不自然ではないが、やはりまたも黒沢清お得意の銃が登場したのは嬉しかった。このシリーズは暴力団との距離感が近いので毎作出てくるのかもしれない。

 

この『脱出計画』にも好きなシーンはたくさんあるのだけれど、やはり特筆すべきは耕作達が神崎に攫われたと知った時に怒りに震える雄次だろう。いざ助けに行くとまるで役に立たなかったのだが、荒らされた部屋で1人佇み、ゆっくりとこちらを向くシーンは鳥肌ものだった。その後、ヤクザに大量のマヨネーズを口に流し込まれる耕作という落差も最高。木村は熱湯をかけられていたが、これは『地獄の警備員』でも同じ描写があったので黒沢清イズムなのかもしれない。で、じゃあ何故雄次が1人になっていたのかというと、パスポートを作るためである。どうやら彼には前科があるらしく、表のルートで簡単にパスポートを作るのは難しかったらしい。そこで昔の伝手に頼んで用意してもらっていたというわけだ。多くを語らないこの塩梅も好きだが、いずれ彼の過去が明かされる時が来るのだろうか。

 

もう1つはやはりラストシーン。撃たれたボディガードを心配して雄次がオーストラリア行きを蹴って飛び出し、耕作もその後を追う。彼等にとってはオーストラリアでの悠々自適な生活よりも大事なものがあったのだ。何より、困っている人を放っておけない(のに腕っぷしは弱い)雄次と、彼を兄貴分として慕う耕作のキャラクター性がよく出ている。ゲストのキャラクターも濃いのに、それに負けない魅力をラストに彼等が発揮してくれるのが嬉しい。

 

他にも、バンジージャンプの漫才をテレビで観た雄次が陽子を説得する時にその例えを持ってきたりとか、そういうコミカルなシーンも挙げ出すとキリがない。どうにか説得しないとなあという雄次の必死さが空回ってるのが面白いのに、陽子は躊躇いもなくついてきてしまうのだから更に笑ってしまう。あと、諏訪太朗だけ前回と違う役どころで、今回は船の船長として出てきたのも面白かった。あの世界には何人もの諏訪太朗がいるのかもしれない。

 

雄次の「やれやれだぜ…」という声とはっきりとしたため息さえ聞こえてきそうな今作。1作目は彼の報われない恋が哀愁を誘ったが、今作では雄次の人柄がよく出ていて、必然的に弟分の耕作のキャラクターも際立っている。

 

ちょっと調べると最終作が驚きの結末を迎えるらしく、今から残り4作を観るのが楽しみで仕方ない。