個人的にはクレしん映画歴代トップ更新を狙えるほどの傑作だった。「ボーちゃんが鼻に紙を詰めて暴君になる」なんて馬鹿げたプロットを大真面目に一つの映画として完成させてしまえるのは、やはりクレヨンしんちゃんという作品の力だなあと。橋本昌和監督・うえのきみこ脚本のタッグの作品は確かに面白いが傑作という域に至るまでは今一歩…な印象があったのだが、今回は見事にやってのけてくれた。『超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ』本当に面白かったです。
自分は去年の『オラたちの恐竜日記』のエモーショナルに全振りしたような作りが全く好きになれなかった人間である。詳しい感想はこちら。
クレしん映画に求めているのは馬鹿馬鹿しさの先にある感動なので、あんなに直接的に「泣いてください」と懇願してくるような映画は好みではなかった。何なら、今でも怒りを覚えている。あの映画で唯一好きだった恐竜LOVEマシーンのシーンさえも、先日の地上波放送ではカットだったらしい。まあ、あそこの親父ギャグつるべ打ちは別にカットされても全然問題ないのだが…。ただ、クレしん映画がああいった安易な感動路線、映画ドラえもんシリーズと混同されるような作品へと傾いてしまったら嫌だなあと。そんなことを危惧していたのだが、少なくとも次作である本作は、いつも通りのクレヨンしんちゃん映画だった。作り手が違うので当然ではあるかもしれないが。
まず、うえのきみこさんの脚本は本当に信頼できるなあというのが率直な感想。『もののけニンジャ珍風伝』はそこまで好きではないのだけれど、自分が大好きな『カンフーボーイズ』と『花の天カス学園』はどちらも彼女の脚本で、親父ギャグや言葉遊び、セリフ回しがとにかく秀逸。彼女が脚本を担当している回が、今現在最も「クレヨンしんちゃんを観ているな~」という気分にさせてくれる。そういう意味で去年の『恐竜日記』は紛い物を観ているかのようで酷かった…。本作では劇中で歌われる楽曲のうち、いくつかの作詞まで担当していて彼女の手腕に脱帽。ここ数年『アポカリプスホテル』や『全修。』などのオリジナルアニメでも活躍していたが、クレしん映画だと彼女のセンスがより際立っているように感じられた。
ギャグのセンスもすごく良く、自分が一番笑ったのは絶体絶命のピンチに陥った風間くんが「ママー!!!!」と叫び、上空から「トオルちゃ~ん!!!」といつもの甘いボイスでしんちゃんが颯爽と助けに現れるシーン。ここで「助けてー!」ではなく、一捻り加える辺りのセンスが本当に好き。いくらでもしんちゃん登場をかっこよく見せられる場面なのに、敢えてそういった当たり前のかっこよさに迎合しない作りが、正に自分の求めているしんちゃん像なのである。クレしん映画は『オトナ帝国』等を手掛けた原恵一監督のおかげで「泣ける映画」のイメージも強いが、個人的にはしんちゃん達の雑味だらけの掛け合いに「自然と泣けてくる」が正しいと思っている。しんちゃんにストレートにテーマを言わせたり、泣くための余韻を作るみたいな作劇はそれこそ下品に感じてしまうし、『恐竜日記』はそれをストレートに描く作品だったのでキツかった。しかし本作はちゃんと馬鹿馬鹿しさの上で感動できる作りになっている。そもそもがボーちゃんが暴君にというプロットの時点で馬鹿馬鹿しすぎるので。
セリフ回しの秀逸さもさることながら、やはり映画の根幹を成すテーマと表現力が素晴らしかった。「ぼくの何を知ってるの!」と怒る暴君ボーちゃんに対して「言ってくれなきゃ分からないゾ!」をストレートに突き付けるしんちゃん。コミュニケーションの理想的な在り方としてすごく至言だと個人的には思っている。
ボーちゃんが鼻に詰めた紙は人間の欲望を解放し、力を持たせることで暴君を誕生させてしまうもの。歴史上で暴君と呼ばれている偉人達もこの紙の力で…という妙なリアリティまで付与され、結果的にボーちゃんはトレードマークの鼻水を封印して、「エンタメフェスティバルを成功させる」という自らの欲望を無理矢理叶えようとする。紙を詰めてすぐ、ナンを注文したしんちゃんにチャパティが出されたことに怒り狂う姿は、正義を暴走させた『カンフーボーイズ』終盤の玉蘭の姿とも重なる。『カンフーボーイズ』はブラックパンダラーメンによる暴走を宣伝していながら、物語が思いがけぬ方向へと進んでいき、鍵を握るのがマサオくんという一風変わった映画だったが、本作もカスカベ防衛隊の1人にフォーカスを当てるという点では共通していた。
暴君ボーちゃんを相棒にしようとする大富豪ウルフとの出会いによってエンタメフェスティバルは実質完成し、後はカスカベ防衛隊を捕まえて踊るのみ。しかし、最初に捕まった風間くんとネネちゃんは着替えもせず、暴君に真正面から抵抗する。この2人のタッグというのはなかなか映画では見られない構図で新鮮だったが、監督のインタビューでも大人っぽさを出したということで、その意図がすごくハマっていたなあと。他のメンバーに比べてやや成熟した2人だからこそ、真正面から暴君に啖呵を切れたのだろう。一方でマサオくんは野良犬を撃退してくれたシロの舎弟になり、四足歩行に。劇場でもかなり笑いが起きていた場面だが、これは本当に凄いと思った。マサオくんは意地汚さが公認されているキャラクターだが、ここまでやるとは。正直暴君になったボーちゃんを喰ってしまうくらいの勢いで面白かった。シロとマサオくんというコンビもなかなか新鮮だが、あそこまでやるのかと。
インド要素もかなり楽しく、自分はそこまでインド映画を観てはいないのだが、明らかに『バーフバリ』や『RRR』を意識した描写が多く面白かった。インド映画はシリアスな場面でも平気で歌い出すし、主人公の過去の説明などを歌詞で表現することが多いのだが、本作もそれが見事に踏襲されていて、完全に自己紹介をしただけのみさえの歌も素晴らしかった。別に特殊なことは言っていないのに、それ自体がもうパロディになっているという。だけでなく、歌って踊るシーンが小刻みに挿入されるおかげで映画全体に観客をリラックスさせる作用も生み出せていたように思う。『オラはにんきもの』で踊ってくれたのは本当に嬉しかった…。
声優の豪華なカビール(山寺宏一)とヴィル(速水奨)のタッグはさすがに『RRR』すぎるのだが、カビールのヘンテコで長すぎる名前も子ども達にかなりウケていたし、2人揃った時の強さもかっこよくて最高。これだけキャラの濃いゲストなのに、賑やかし枠に収まっているというミスマッチさも面白かった。インドを舞台にするのなら顔の濃い男は外せないだろうという製作陣のこだわりが窺える。一方でヒロインのアリアーナはテーマを体現するキャラクター。おしとやかなアイドルキャラでブレイクした彼女は「みんなに求められる私でいなければいけない」というプレッシャーに押しつぶされそうになっており、しんちゃん達にもキツい言葉を浴びせてしまう。ちょっとテーマを体現するには直接的すぎるかなあとも思うのだが、ストレートな彼女の心情はしっかりと描かれていてそこまで悪くなかった。
そしてアリアーナの言葉にも代表される通り、この映画は全体を通して「自分らしさ」の話をしている。秘められた欲望を解放して暴走したボーちゃんをみんなは「暴君」と決めつけて元に戻そうと奔走するが、それは自分達が求めるボーちゃん像を押し付けることにならないか。アリアーナの指摘はボーちゃん奪還に燃えるカスカベ防衛隊の心に陰を差し込む。周りの目を気にして自分らしく生きられなくなっていたアリアーナの言葉は、一際深く子ども達の心に刺さっていく。ボーちゃんはおっとりしていていつも鼻水を出す少年というのが当たり前になっていたが、ボーちゃん自身はそう見られることを望んでいるのか、と。
そこから逃走劇が始まり、ボーちゃんと紙を尻に挟んだしんちゃんとの戦いへと至るのだが、ここで「言ってくれなきゃ分からないゾ!」が炸裂するのだ。人が何を思っているのか、何を欲しているのか、それは言葉にしなくちゃ分からない。ボーちゃんは自分がどうありたいかを言葉にせず、淡々と自分の欲望のためだけに他人を動かしてきたが、そんな彼に対してしんちゃんの「もっと遊んでいたいから」は強く響く。友だちだから、ボーちゃんともっと遊んでいたいから、ボーちゃんを分かりたいから、元に戻ってほしい。考え抜いて出た言葉ではないし、当たり前と言えば当たり前なのだけれど、このストレートさこそ『クレヨンしんちゃん』の持ち味。レスバトルが当たり前になって「対話」が疎かになっている現代において最も大切な、「分かり合うことの大切さ」を映画全体が訴えかけてくる。
しんちゃんの「もっと遊んでいたい」というのも、言ってしまえばボーちゃんと同様、欲望にしかすぎない。しかし欲望は言葉にして、分かち合って、共有して、現実を動かしていくものなのである。暴君としていつもと異なる一面を見せたボーちゃんに対しても「いつものボーちゃんに戻ってよ!」と説教をするのでなく、「そんな一面があったんだね。でも今はちゃんと楽しめてないから、もっと話し合おうよ」と寄り添うしんちゃんの姿が眩しく、「話し合いたいからこそ鼻の紙を抜く」という展開にも繋がっていて、あまりに鮮やか。そしてボーちゃんから紙を抜いた後、マサオくんが紙に魅入られるシーンも素晴らしい。マサオくんの意地汚さを表現するギャグシーンでもあるのだが、「自分らしさって何?」を訴えかけるこの映画においては、そういった「間違い」も許容されていく。マサオくんが抱える心の弱さもまた、自分らしさなのである。
そこから紙がチャパティに刺さって巨大チャパティと戦うシーンには笑ってしまった。暴君を元に戻すだけで充分感動したのに、そこに更にもう一工夫あるとは。『新婚旅行ハリケーン』のコアラ戦にも似たご褒美ルート。コアラは少々蛇足にも感じられたが、今回は元に戻ったボーちゃんを含めたカスカベ防衛隊5人の活躍を見せてくれるという意味で完璧な落としどころだったと思う。ここでサラッと戻って来る校長とウフンの関係性がいつの間にか育っていたのも良かった。最後にウフンがウルフに言う言葉にも表れているが、当初はウフンとアハンしか言わなかった彼のことを、校長は一緒に過ごす中でいつの間にか信頼したんだろうなあと。ここにも「自分らしさ」や「コミュニケーション」に通ずる関係性が垣間見える。
そしてやはりウルフに対しての「自分という友だちを喜ばせよう」という言葉が素晴らしかった。これは本当に現代人全てが真剣に向き合った方がいいと思う。SNSで飛び込んでくる誰かの身勝手な怒りや悲しみに乗っかって、自分の感情でもないのに何時間も向き合って誰かを叩く…みたいなくだらない過ごし方をしている人が世の中には多すぎる。「もっと話し合おう」「自分を喜ばせよう」というストレートなテーマは、馬鹿げたデマや他人の怒りに踊らされる現代人にこそ必要なものと言える。直近だと『スーパーマン』も似たような話をしていたが、それに匹敵するレベルの紛れもない傑作だと自分は思っている。そしてテーマだけでなく、子どもやその両親を飽きさせない展開の作りやギャグが目白押し。やっぱりマサオ君四足歩行は最高だったし、みさえひろしと再会するところで犬の鳴き声から「シロ!?」と思わせて四足歩行マサオが出てきてみさえが戸惑う…みたいな阿呆らしさはもう完璧。去年の『恐竜日記』が幻だったかのように思える程、いつものクレヨンしんちゃんをやってくれていた。歌って踊って笑えて泣けて。舞台となったインドへのリスペクトもありオリジナリティも訴えたいテーマもあり。完成度がとにかく高い。来年も願わくばこのタッグ…いや、少なくともうえのきみこ脚本ではお願いしたいところである。

