20年間眠っていた男が目を覚まし、失われた時間に起きた出来事を知って叫び狂う1話で思いっきり引き込まれてしまった『いつか、ヒーロー』。忙しく第3話以降は溜めてしまったものの、何とか最終回の放送に追いつくことができ、全話を観て「本当に良いドラマだったな」と感じている。絶望的な状況でも前を向く希望のある終わり方。細かい粗はあるし、全8話という短さもあってどうしても扱いが弱くなってしまったキャラクターもいるが、それでもこのドラマの持つメッセージ性やテーマがかなり好きだし、強く共感できる部分があった。あまり話題になっていないことが悔しく、たくさんの人に観てもらいたい。精神的にキツい内容もあるので万人受けはしないだろうが、耐性がある人なら全8話という短さが逆に良いのではないだろうか。
ヒーローは日本語に訳せば英雄という意味だが、『いつか、ヒーロー』においてはおそらく「希望」に置き換えられる意味合いで使われていると思う。ハゲタカとして生き、公にはなっていないものの犯罪者となった赤山(桐谷健太)はその後全てを失うが、児童養護施設で過ごすことで5人の子ども達に励まされ彼等を「自分にとってのヒーロー」だと感じるようになる。全てを失い自分の犯してきた罪の重さに気付いた彼にとって、無限の可能性を持ち自分を勇気づけてくれる5人は正にヒーローだったのだろう。
しかし、5人の子ども達にとってはその赤山こそがヒーローだった。ブラックジャガーに憧れ、虐待されていた自分達に生きることの喜びを教えてくれた赤山は、紛れもない救世主でありヒーローなのである。だからこそ5人は赤山を慕っていたし、赤山と再会できる日を楽しみにしていたし、それが約束通り叶わなかった現実を憂い、再会が20年後になったことに怒りを募らせていた。しかも当の赤山は約束を反故にしたにも関わらず20年前と同じ熱量で自分に接してくる。タイムカプセルの中身を見せつけ、「夢はどうしたんだよ!」と執拗に迫ってくる彼の姿は、現実を知って打ちのめされた子ども達にとって迷惑以外の何物でもない。けれど、それでも赤山の未来を信じる言葉が、彼等の胸の内に燻っていた思いを輝かせていく。自分の醜さや思い通りにいかない悔しささえも美化してくれる赤山の言葉は、5人を通して今を生きる視聴者にもメッセージとして届いてくれるのだ。
そしてこのドラマには、もう1人「希望」を他人の中に見出した重要なキャラクターが存在している。悪役でありラスボス、若王子(北村有起哉)である。ドリームグループの御曹司として育った彼は、20年前に父親から電話一本で突然見放されてしまう。失意のどん底にいた彼を救ったのは、当時10歳の渋谷勇気の一言だった。「人間は何にでもなれる」。この言葉は赤山からの受け売りだが、絶望の中にあった若王子にとっては笑いかけてくれる勇気の存在こそが「希望」だったのだろう。だからこそ彼にとって渋谷勇気は20年もの間「ヒーロー」であり続けたのだ。赤山が5人に励まされたように、5人が赤山を慕ったように、若王子もまた、渋谷勇気をヒーローだと感じたのだと思う。
その後若王子は自分を見捨てた世界への復讐をするかの如く、怒涛の勢いでグループのトップに上り詰める。父親を降し、兄を殺し、そして政界への進出に迫った時に、彼が見出した希望の出発点となった赤山と戦うことになる。何という因果応報だろうか。
若王子は弱者のことを虫けら扱いし、他人の命すらも平気で奪う大悪人なわけだが、それでもこのドラマは彼を「倒すべき犯罪者」として描くことはしなかった。「人は何にでもなれる」という言葉の通り、彼はこの先まだ新しい未来を進んでいくことができるのである。罪は罪だが、命ある限り人間にはその先がある。彼が上り詰めたグループのトップは彼にとってはゴールではなく、ただの通過点だと捉えられる終わり方が凄く良かったと思う。人が夢に向かっていくために何度でもやり直す機会を与えるべきだというのが、このドラマの核だと私は感じた。
だからこそ私は若王子を嫌いになれないし、北村有起哉の怪演もあって、かなり好きなキャラクターになっている。良い作品はやはり悪役が魅力的なものが多いが、因果の中に呑まれ誤った道を進んでしまった若王子のキャラ造形は素晴らしかった。渋谷勇気を恋人扱いする気持ち悪さの中にも、自分を救ってくれた一人の人間に執着する普遍的なメンヘラ気質が見え隠れしていてとても好き。渋谷勇気は自分にとっての希望だが、彼にとっては赤山がヒーローであるという事実を認めきれず、だからこそ洗脳して彼を自分のものにしたのだろう。最終話で洗脳の解けた渋谷勇気に殺されようとしたのも、彼にとって勇気を失うことは真の絶望であったからだと思う。そこで勇気が彼に「できない。友達だから」と言ったのも、勇気にとっては精一杯の言葉だったのに、彼を「ヒーロー」だと思っていた若王子にとっては辛い一言だったのだろう。歪んではいるが勇気に対しての一途な感情と、それに伴う心の弱さはすごく感動的だった。
と、若王子に関して長く語ってしまったのだけれど、もちろん施設の5人も凄く好きなキャラクターである。
正直ノノ(泉澤祐希)にフィーチャーした第2話と瑠生(曽田陵介)にフィーチャーした第3話に関しては「まあ無難なエピソードだな」と思ってしまった。第1話の赤山の絶望っぷりに衝撃を受けた身としては動画配信者やブラック企業のエピソードは結構ありきたりに感じられ、第2話で一旦視聴をストップしてしまったのもそれが理由である。しかし、今では視聴を再開して本当に良かったと思っている。続く第4話、シングルマザーのいぶき(星乃夢奈)のエピソードは本当に素晴らしかった。貧困家庭の虐待問題自体は同クールのドラマでもいくつか扱っているものがあるし、民放ドラマでは最早あるあるですらある題材。しかし、素敵な結婚生活を夢見て若くして子供を産んだいぶきがシングルマザーになり、親である自分から愛されている娘を見て、自分との違いに「どうしてこの子だけ」と怒りを感じてしまう奥深さはなかなか見られない。児童相談所にも「このままじゃ自分が虐待してしまう」と自分で通報し、赤山も彼女に対して「お前は自分で止めようとした、全然違う、偉いよ」と優しい言葉を掛ける。付随するコインの表裏の話もとても良く、人間を一面的にせず、安易な感動に流れない芯の強さを感じさせてくれた。リアルタイムで観ておけばよかったな…と軽く後悔したほどである。
ゆかり(長濱ねる)が父親から性的虐待を受けていたことが発覚する第5話も衝撃的で、たった8話なのに絶望的な現代社会の問題がとにかく詰め込まれている。2話と3話はYouTuberに悪徳企業と分かりやすい悪役が配置されていたが、4話では自身の黒い部分、そして5話では心身を傷つけられた過去と自己を奮い立たせる勇気、支えてくれる仲間の存在が丁寧に描かれており、ただ「スカッと」するだけでドラマを終わらせないという強い熱量を感じた。
そう、このドラマは復讐劇だと銘打たれてはいたが、決して「スカッと」するドラマではないのである。悪役を成敗し、洗脳された仲間を救ってめでたし…ではない。悪にも別の一面があり、もちろん悪に立ち向かう側にも黒い過去や誰にも言えない秘密がある。5人にとってのヒーローだった赤山ですら、そもそも名前を偽っており、逮捕されていないだけで犯罪者だったのだ。そして洗脳され氷室海斗として若王子に利用されていた勇気(宮世琉弥)も、元の氷室を含めて人を自殺に追いやっている。それでも、赤山達の支えによって希望を絶やさず生きていくことができる。自分の罪に押しつぶされそうになっても、支えてくれる仲間が彼にはいるのだ。絶望する過去があれば、希望になる過去もある。大切なのは過去ではなく「ヒーローになろうと今を生きること」なのだという強いメッセージが感じられた。
結局のところ、「自身の暗い過去を清算するために明るい笑顔と強い意志で人々を突き動かす主人公」という赤山のヒーロー像がすごく好みで、もうそれだけで自分にとってはかなりお得なドラマだった。見事にツボを押された感覚。セリフのやり取りも時にコミカル、時にシリアスとうまく使い分けられていて、くどくない程度のギャグも好印象。自分の好きなものが詰まっていたので、ここまで感動するのも必然だったと言える。
全体的なテーマについて主に書いたが、その他にもこまごまとしたことを書いていきたい。
キャストで言うといぶき役の星乃夢奈、まだ20歳なのに30歳にしか見えなくて本当に凄い。2年前まで仮面ライダーに変身するお嬢様を演じていたのに、もうシングルマザーの貫禄。もちろん髪型やメイクもあるが、雰囲気や娘との距離感が若人のそれとは到底思えないほどに熟していて驚いた。それを言うと宮世琉弥も21歳なのだが、彼に関しては顔を変えられたとかもあるので30歳の重みみたいなものはそこまで感じられず。とはいえミステリアスな悪役と最終回の爽やかさのギャップがとてつもなくて、素直に驚愕。あとTVerのスピンオフではゆかりの婚約者との楽しそうなやり取りも見られる。本編の氷室とも勇気とも違う印象なので、彼の多彩さが際立っている。
幸い後追い勢の自分がネタバレを喰らわなかった、第6話の、というかこのドラマの肝でもある驚愕の真実。氷室海斗の正体だが、これに関しては結構予想の範疇だったのでそこまで意外でもなかった。というより、第1話で宮世が渋谷勇気と思わせておいて駒木根葵汰の顔写真付き社員証に「渋谷勇気」と書かれていた…というミスリードが結構刺さった人間なので、あぁ、結局逆だったんだ…とちょっとがっかり。でも正体が彼である必然性がちゃんとあるドラマなのでそこはすごく評価したい。視聴者を驚かせることにばかり重心を持っていく作品も多い中、そのどんでん返しに向けて物語が展開されていき、入れ替わっていたことにも洗脳されていたことにもちゃんと意義があるという意味で素晴らしいと思う。ただ車の事故で記憶喪失になって顔まで変わるっていうのは流石にやりすぎな気もするが(4人も顔を変えた勇気には気付けなくても、駒木根勇気が別人だっていうのは普通気付くだろ…)。
駒木根葵汰で言えば、出番は少ないのにかなり印象に残っていてさすがだなと。元々のビジュアルやスタイルの良さもあるが、正体が判明した後も「本当の氷室海斗」=人生をやり直そうとする誠実な若者というのがよく伝わってきてその表現力に舌を巻く。普通に良い奴だったのでむしろ死んでしまったことが惜しい。惜しさでいうと、寺島進の園長も「若王子に殺されました」の一言で第1話の冒頭以降出番がなかったのがもったいないなあと。そもそも赤山が社会復帰できたのも彼のおかげなので、もっと彼と赤山の関係性を描いていってほしかった気持ちがある。
でもこれもないものねだりというか、全8話だから色々仕方ないと思ってしまうのだ。赤山の妻の妹・西郡(板谷由夏)に関しても美味しいところがないまま終わってしまった印象。赤山に対して「人殺し」と呟いたシーンでかなり期待値を煽ってくれたが、赤山もさすがに直接人を殺すほどの悪人ではなかった。その後も若王子に利用され、重要な立場を担ってはいたが、姉を失った彼女のドラマは全12話くらいだったらもっと強調されていただろう。このドラマ、惜しい部分を言うとやはり「もっと話数が欲しかった!」という一点に尽きる。でんでん演じる大原も突然正体が明かされて、と思いきや刺されてしまって残念。いや、たった8話でこれだけ感動できる物語というので充分嬉しいのだけれども。
脚本は林宏司。ドラマの脚本家には疎いのだが、調べたところ『離婚弁護士』『コード・ブルー』『BOSS』などの有名ドラマを手掛けていて、そりゃあこのドラマも面白いわと納得した。ドラマをあまり観ていない自分でもタイトルを知っている作品がどかどか出てくる。そんな彼の5年ぶりのオリジナル脚本ドラマというのなら、もっと有名になっていいはずなのに…。今作が素直に面白かったので、ミーハー作品だろうと食わず嫌いをしていた『コード・ブルー』とかもこれから観ていこうと思う。かなり楽しみ。
あと個人的には「死滅回遊」という言葉が『呪術廻戦』の造語でないことに驚いた。『呪術廻戦』には「死滅回遊編」という章がある(今後放送されるアニメ3期がそこにあたる)のだが、まさか死滅回遊なんていう悍ましい言葉が実際にあるとは。このドラマで意味を知り、より呪術のほうの理解も深まったので嬉しい収穫。死滅回遊魚だけでなく、コインの裏表だったりと、物語やキャラクターを何かになぞらえるのが上手くてそういった比喩も面白かった。すごく文学的というか、セリフの応酬やエモーショナルだけでコマを進めるのが主流の現代ドラマの中で、やはりこういった作品は輝いて見える。日曜夜のこの時間帯のドラマってこういう作品が多い気がしている。
と、くどくどと書いたがとにかくこのドラマ、めちゃくちゃ面白かった。毎週リアタイすればよかったなあとうっすら後悔もあるが、あんまりドラマを観ない自分の仕事が落ち着いて、腰を据えて民放ドラマを鑑賞できるタイミングでこの作品が放映されたというのは非常に嬉しい。バズが主流の現代では人気を獲得するのは難しかったかもしれないが、また同じ製作陣でこういった良質なドラマを作ってほしいなと思った。