2025年1月31日、一ヶ月の終わりにとてつもない映画に出会ってしまった。そのタイトルは『遺書、公開。』。陽東太郎の漫画を原作とした実写化作品である。漫画については全く知らないのでどれほど原作準拠なのかは一切分からないのだけれど、これだけは言える。映画はかなり面白い。いや、おそらく邦画を憎む洋画至上主義の人の価値観では残念ながら零れ落ちてしまうとは思うが、邦画においては最高傑作なのではないだろうか。公開日の夜、劇場に居る観客の多くは高校生で、演者の誇張された演技にプッと吹き出したり、その場で「この人かっこよくない!?」と会話をし出したり、ビニール袋を常にガサゴソ漁っていたりと、とんでもない迷惑行為のオンパレードだったわけだが、この映画には何の罪もない。むしろ、それくらい映画マナーに対して理解の浅い人達を公開日に映画館に呼び込めるパワーには敬意を表していきたいと思う。題材がよかったのか、演者の誰かのファンだったのか。どちらにしても、この映画は簡単な気持ちで観に行くと、心を「持っていかれる」タイプの映画だと私は感じた。演出と演技と脚本、全てが「観客を楽しませる」ことに特化し、心を惹きつけて離さない、中毒性の高い映画なのである。
新学期初日、担任を含めた2年D組計25人の「序列」が突如全員のメールに届き、半年後に序列1位の姫山椿が学校のトイレで自殺する。通夜の後、教室には全員の机に彼女からしたためられた遺書が置かれていた。その遺書を一人一人読み上げ、彼女の死の真相に向かっていく…というのがあらすじ。
とてつもない映画だとは言ったが、物語としてはかなり破綻している。いわゆる、ツッコミどころが多すぎるというやつである。そもそも基準も分からない「序列」に翻弄されすぎている生徒達(なんなら担任までも)からして意味が分からない。メールでそんなものが回ってきたとして、それを一々気にするだろうか。自分だったら普通に無視すると思う。何より、遺書には姫山椿の死の真相が書かれているのではないか…と始まった物語だったはずなのに、「彼女を自殺に追いやった犯人が分かるのではないか」に目的がすり替わり、彼女の人間関係における真実が徐々に明るみに出ることで、「なんかこのクラス全員隠し事しててそれが遺書に書いてあるから暴いていこうぜ」という方向へ話が進んでいく。遺書を公開するために遺書を公開しているという謎の物語で、序列云々を気にするくせに、誰が遺書を机に置いたかは一切言及しないというお粗末さ。特殊な状況ゆえに観ているこちらにはいろんな疑問がわき上がるのに、作り手の都合で恣意的に状況が動かされている、マリオネットの感覚。
そのため、純粋に物語を楽しもうとすると結構ノイズになってしまうのだが、序盤はとにかく若手俳優陣の掛け合いが楽しい。『東京リベンジャーズ』などを監督した英勉監督の手腕と、大脚本家鈴木おさむの見事な采配で、主要人物以外の人間にもちゃんとしたセリフと役割が与えられている。パッパッと切り替わる俊敏なカメラワークのスピード感はジェットコースターそのものであり、こちら側に余計なことを考えさせる時間を与えない。余韻を作るくらいなら情報量で押し潰す。セリフを一つ一つ聞いているうちに状況整理が促される見事な脚本。
ただ、どうしても「漫画原作感」から脱出できていない印象を受けてしまった。ところどころで強い引きが出てくる…という連載漫画のシステムが無理矢理数十分に押し込められているのだ。そのため3分に1回はどんでん返しが出てくるような忙しない構造になってしまっており、そのどんでん返し自体も「遺書によって生徒の裏の顔が明らかになる」という単調なものであるため、展開はかなり退屈になっていく。いい人に見えるコイツがクズに見える材料を誰かが持っていて、どんどん全員の裏の顔が暴かれていくんだろうなーと先が読めてしまうのである。
そのマイナスをカバーするのが若手俳優陣の活き活きとした演技。正直、全員の演技が上手すぎる。明らかにアイドルだろうなという生徒もいたのだが、発声や表情、立ち居振る舞い、ビジュアル、どれもが洗練されている。役になりきっているというか、「うわっ、棒読みじゃん…」と思った人物が1人もいない。もちろん漫画原作ということもあるしティーン向け映画ということで英監督もかなり誇張した演出になったと思うのだけれど、その誇張演技がちゃんとできるというのが素晴らしいのである。一昔前ならこの手の若手俳優勢揃い系サスペンスは中心人物のアイドルがちょっと棒読み気味で、脇役でパッとしなさそうなキャラクターの演技力がずば抜けている…みたいなことがザラだったのに。令和は全員クオリティが高い。
とはいえ、さすがに素早いカメラワークにも飽き飽きとし始め、遺書を公開し続けるだけの物語に退屈さを覚えていく。そんな状況で”本性”を現すのが、高石あかりである。『ベイビーわるきゅーれ』シリーズのW主演の1人で、ダウナー殺し屋役を見事に演じ切り映画ファンからの評価もかなり高い彼女。2025年秋からの朝ドラ主演も決定しており、正に「時の人」である彼女が強烈な演技力でD組の生徒をねじ伏せる。姫山椿の親友であり、ピンクのパーカーを羽織っているおかげでビジュアル的にはかなり目立っていた彼女。その上椿の死の真相を探りたいという思いが何より強いために、生徒達一人一人に突っかかっていく。見開いた大きな瞳を閉じないままに華麗な舌打ちを繰り出し、その場の空気を支配する御門凛奈。それを演じる彼女の演技力は圧倒的だった。
そしていよいよ御門の遺書が公開されるパート。椿の親友である彼女への遺書には何が書かれていたのか…。映画を観た人なら分かると思うが、最終的に御門は彼女のことが「大嫌いだった」ということが明かされる。突然振り向き、生徒達に表情を見せないまま怒りを募らせた時の顔、たっぷりと狂気を見せつける笑顔、シーッと口元に指を当てる禍々しい色気、遺書をビリビリと破り捨てる美しさ。どれもが完璧で、あのシーンだけどうにかIMAXにならないかと願ったほどである。正直、ここまでの展開からして彼女が姫山の親友であるという線は裏切られることが確定していたし、そう予想された上でどう楽しませてくれるのかと思っていたが、ここに来てのベストアンサーは「圧倒的な演技力」。どうにかYouTubeで公式があのシーンだけ上げてくれたりしないだろうか…。おそらく『ベイビーわるきゅーれ』に歓声を上げるような人々の多くはこういったティーン向け映画をスルーしてしまうと思うのだが、高石あかり目当てに全員観に行ってほしい。映画3作とドラマ1クールで培った演技力が、女子高生役として見事に開花している。あの高石あかりが殺し屋役じゃなくて本当によかった。
終盤に明かされた真相。序列に関しては、廿日市が作った「HRで意見を出しそうな人ランキング」が偶然三宅によってメールで回されたのが発端。そしてクラスの中では地味だった主人公の池永(吉野北人)は、実は小学生の時に姫山椿と出会っており、一緒に毎日歩道橋から電車を眺めるほどの仲だった。クラスメイト達には悟られていなかったが、椿の死後に遺書を受け取った彼が、全員の机の上にその遺書を置いたのだ。しかし、不登校の絹掛の登場によって更なる真実が明かされる。遺書は姫山椿によって書かれたものではなく、彼女がこっそりと続けていたブログから引用し、別の誰かが書いたものだった。では、遺書は一体誰が書いたのか…。その犯人も、一度は善人のように見えた廿日市だったのである。
絹掛に関しては不登校という重要なポジションで、「何かを握っている」ということは中盤から示唆されていたが、終盤の登校時、もう何もかもがどうでもよくなるくらいに青島心が美しすぎてビビった。思わず、同じ人間かと疑問を抱いてしまうほどの美しさ。こんな美少女が不登校になるか?という思いと、こんな美少女なら不登校になるか…という思い。どっちもあり得る。自分は『仮面ライダーギーツ』で彼女を知っていたのだが、その時は未来人という役柄で変わった衣装を着ていたためにどこか天上人のような気持でいた。しかし、制服を着てしまってその美しさに完全に平伏す形に。あの美貌でハスキーボイスで不登校で真実を知ってて!?あまりにてんこ盛りすぎる。
特撮の観点からすると『仮面ライダーギーツ』から青島心、星乃夢奈、忍成修吾の3人が登場しているので、ぜひギーツファンにも観ていただきたいのだが、『ベビわる』の件と同じく、こういうティーン向け映画は特撮ファンともあまり層がカブっていなさそうなのが残念。もしこの映画を観て青島心の美しさに息を呑んだ人がいたのなら、ぜひ『仮面ライダーギーツ』を観てほしい。1年間のレギュラーキャストなのでじっくり堪能できる。あと特撮で言うとウルトラマンデッカーだった松本大輝も出ている。『ウイングマン』に出ていた菊池姫奈も。
全ての真実が明かされて月日も流れ、仲睦まじくアンジェラ・アキの『手紙 ~拝啓 十五の君へ~』を全員で合唱する生徒達。昨年のM-1で真空ジェシカが「ピアノがデカすぎるアンジェラ・アキ」のネタをやったせいで、変な笑いが込み上げてくる。これはこの時期にしか起こせない事故。というか、遺書公開によって皆の裏の顔が明かされた後だというのに、どうして全員で合唱ができるのか。あの御門の豹変っぷりを目の当たりにしてから、仲良くしようと思うのか…?不登校の絹掛までちゃんと登校するようになっている。いやいいことだけれども。
帰り道、椿の死の真相について、遺書を書いた廿日市は池永に「何でもできた”1位”の姉の気持ちが分かったことで、自分が姉を苦しめていたことを知り、命を絶ったのではないか」と語る。もちろん彼女がこの世にいない以上、真相は藪の中で、遺されたものから推測していくしかないのだが美しい終わり方ではあったと思う。…と見せかけて、真実は廿日市のみが握っていた。池永のことが好きだった彼女は、彼を周ちゃんと親し気に呼ぶ姫山に嫉妬していたのだ。「1位になりたい」という彼女のブログを見て彼女を1位にしてあげたかったというのが彼女の動機だと見せかけ、その実池永を奪うために姫山を誘導していた…という衝撃のラスト。教室が水槽のように外側から映される謎の演出は、人間観察が趣味という彼女の部屋にあった模型を意味していたのである。そしてD組には新たな序列が発表され…
何度も言うが、話の展開には粗が多い。しかし、常に戦局が覆り続ける『BLEACH』と同じように、どんでん返しが次々に繰り出される作劇は見事で、元々のスタート地点や向かうべきゴールを見失う物語ではあったが、強制的にこちらの首を進む方向にクイッと動かしてくれるので、ある意味親切ではある。俳優陣の見事な演技力に脱帽しつつ、気付けば物語の続きが気になっているというトラップが巧妙に仕掛けられているのだ。序列にそんなに振り回されるか?という疑問もあったが、そもそも「序列に振り回されてしまったクラス」の話をしているので、最終的には特に気にならない。
ただ細かいことを言うと、机を叩くのと一緒に喋る人物が結構いて、セリフが聞き取りづらかったのはすごく初歩的なミスだなあと。発声自体は悪くないのに、「今なんて言った?」となってしまう箇所がいくつもあった。これは素直に監督に考え直してほしい。あと机叩きすぎ。宮世琉弥が演じてた千蔭も、金髪パーマでちょっと物騒な謎めいた役柄ですごく良かったのに、扱いがぞんざいだったなと感じてしまった。彼が姫山椿に恋心を抱いていたことが明かされ、教室で二人きりの回想シーンはまるでミュージカルのような演出で独特だったのだが、高石あかりのシーンには完全に負けてしまっていた。いや宮世君は何も悪くない。むしろ、高石あかりが「動」だったのに対して宮世君は「静」でその対比は悪くなかったし、虚ろな眼差しがすごくキマっていて様になっていた。ただ、キャラクターの扱いがちょっとなあと。粗暴な男が実は一途ないい奴だったんだぜ…系のストーリーなのに、その後にこっそり喫煙していた男も屋上で姫山椿と二人きりの時間を過ごしていて、主人公も彼女に周ちゃんと呼ばれる仲だったの、千蔭のメンタルはどうなってしまうんだ。めちゃくちゃ負けヒロインをしてるのは面白かったがあまりに哀れすぎる…。
というわけで『遺書、公開。』ですが、あまりに面白かったので現状2025年公開映画の中ではベスト級です。