ず~っと食わず嫌いしていた『花束みたいな恋をした』をようやく観た。恋愛映画をあまり観ない自分にとっては完全にノーマークで、映画館で流れるU-NEXTの予告でやたらプッシュされてたなあというくらいの記憶しかないのだけれど、実は特大ヒットをキメた凄まじい映画だと後から知り、『ベイビーわるきゅーれ2』などでのイジられ方に興味を持って、今回坂元裕二の作品を観ていこうということで、ようやく本作まで辿り着いた。サブカルチャーに造詣の深い2人が出会って別れるまでを描く物語だと分かっていたので、展開への驚きはあまりなかったものの、なるほどなぁと感心させられると同時に、将来的に自分も麦のようになってしまう危険性を孕んでいることに気づかされ、若干恐怖を覚えるような映画だった。
完全な共感とまではいかないが、それでも節々に「自分の人生とリンクするもの」があった。終電を逃して2人で歩くのも、突然呼ばれた会に自分の居場所がなかったことも、趣味がやたら合う出会いも、やるべきことに忙殺されて漫画や小説に手をつけられなくなったことも、数分で1ターンが終わるソシャゲしか楽しめなくなったことも。自分もジャンプの定期購読をしていながら『ONE PIECE』以外は全部1年以上放置しているレベルにまで堕落した人間のため、仕事に追われてばかりの麦の気持ちがよく分かる。大学時代に大切にしていたもの、人生の基盤となっていたもののほとんどが、今になって無意味・無価値に感じられることがあるのだ。そしてそれは誰のせいでもない。もちろん、自分のせいでもない、はずである。
環境が変わり、周囲が変わり、立場が変わり、生活が変われば、自然と自分自身の精神性にも変化が訪れてしまう。だからこそ、精神で結びつくことが前提の人間関係、つまり友情や恋愛には、それが大きく影響してしまうことがあるのだろう。価値観が一緒で、終電を逃して偶然入った店に押井守がいたことで始まった麦と絹の恋は、2人の生活に変化が生じ、価値観がすれ違っていったことで終わっていった。麦はあれほど好きだった作家の本を追わなくなり、パズドラしか手につかない状態。一方の絹もあれほど揶揄していたアダルトな人間関係に知らず知らずのうちに片足を突っ込んでいく。冒頭と別れ際だけ見ても、2人の関係性は完璧に対比の構図になっていた。
言ってしまえば価値観の相違による別れの物語なのだが、それをここまでソリッドにしているのは偏にディティールの細かさだろう。当時を過ごしたオタクなら誰もが反応するであろうワードやサブカル的な行事。それらが随所に盛り込まれ、こちらの記憶や感性をどんどん刺激してくる。恋愛映画は本来所謂オタクの守備範囲からは離れているはずなのに、ディティールで勝負に出ることで、自然と「自分達の話だ」という気持ちにさせられた人もいるのではないだろうか。そう、これはディティールの細かさによって強制的に共感を呼ぶ映画なのである。そしてゲームや小説や漫画が、仕事によって追えなくなるという経験も、オタクなら誰しもが一度は通る道であると思う。やりたいことができなくなるジレンマは、時に優先順位まで変動させてしまうことがある。麦にとって何よりも大切だったサブカルチャーは、仕事や絹と結婚する未来にその地位を奪われてしまったのだ。
麦の敗因、つまり絹と別れに至った理由は単純に「未来」にばかり目を向けてしまったからだと思う。彼は結婚したい、子どもが欲しいというごくごく一般的(というのもよくないが、少なくともこの映画ではオタクと対極に位置していると思われる考え方)な未来を思い描きそこに向かって努力をしていた。しかしそれは同時に、楽しい時間を過ごしたい、好きなことを仕事にしたいという絹の考え方とは決定的に乖離してしまっていた。2人の未来を目指したはずなのに、その行動こそが2人の未来を閉ざすきっかけになってしまうという皮肉。大学生時代の菅田将暉の表情が、就活で髪を切ってロボットのようになってしまうのがあまりに物悲しい。
サブカルチャーの出し方もいやらしくないというか、若干の共感性羞恥は働いてしまうものの、それでもまだ穏やかなほうだなと感じた。もっと「オタク」を前面に出している映画や漫画、ドラマが世の中にはたくさんあって、自分はそのどれもにちょっとした拒絶反応を示しているのだが、麦と絹くらいのコンテンツへの入れ込み方は全然許容範囲。これがあと数年先の話だったら「推し」という言葉を多用していたのかなと思うと、そのノリについていけない自分には厳しかったかもしれない。2016年の物語で本当によかった。
意味深なタイトルもすごく良かったと思う。「花束みたいな恋をした」と過去形なところが特に。これが「花束みたいな恋」だったらまた印象が変わっていただろう。「~をした」と過去形であるからこそ、彼等が2人が共に歩んだ4年間をどのように捉えているのかが一目で分かる。あの時間は本当に素敵だったし、かけがえのない大切なものだった。結果的に別れてしまったものの、出会いにも一緒に過ごした時間にも別れにも、全てに意味があるというポジティブな受け止め方を2人はできたのだと思う。自分達と同じような出会い方をした男女の話を聞いて号泣するシーンは、自分も何となく泣けてしまった。どういう感情なのかは分からないのだけれど、菅田将暉と有村架純の演技だけで何か迫るものがあった。
劇的なことが起こるわけではない「なんてことのない話」なのだけれど、それこそが逆にリアルで、きっと観た後に周りとあれこれ言いたくなる映画なのだと思う。オタクにとってはディティールの細かさについつい言及したくなるし、オタク気質じゃない人にとっても、地に足の着いた恋愛映画という意味で自分の経験などからやはり言葉が止まらなくなるはずだ。ちなみに私が一番「おおっ!」となったのはアップル引越センターを2人が使っていた点。大手よりかなり安く請け負ってくれる業者なので、東京に住む大学卒業から数年の2人が選ぶ引っ越し業者として完璧な辺りに、変なディティールを感じてしまいニヤニヤしていた。