フランク・ハーバートのSF小説を映画化した『デューン』はドゥニ・ヴィルヌーヴによって映画化される前にデヴィッド・リンチの実写映画が公開していた…なんておそらく映画ファンならよくご存知のことなのだろうが、自分がそのことを知ったのはつい最近だった。そこまでデヴィッド・リンチを観ているわけでもないし、海外のSF小説にも詳しくないし、生まれる前の映画だし…とこれまで知らなかった理由はいろいろあるのだけれど、ヴィルヌーヴ版の『デューン』2作目が公開され、作品について調べるうちにこの映画にたどり着いた。ヴィルヌーヴが150分越えの2作で映画化したものを、リンチはたったの130分少しに収めてしまうのだから凄い。と思いきや、実際には10時間越えの構想もあったとか。結局予算の都合がつかず話は流れ、かなり消化不良な形での公開となったそう。実際観てみても、正直まったくストーリーが分からない。1クールドラマのダイジェスト映像を観ている気持ちになった。登場人物の脳内音声でサラッと状況の説明がされたり、いきなりナレーションが解説を始めたりと、とにかく不自然なほどに映画が進む。まるで、どうにか原作を130分にまとめなければ親しい誰かが命を落とすのかといった具合に不自然な映像が展開される。おそらくこの映画を楽しむためには、ある程度原作の内容を頭に入れておき、ストーリーを事前に理解しておかねばならないのだろう。その上で原作の表現をどう映像に落とし込んだか、という点に一喜一憂するのが良さそうだった。ただ、ヴィルヌーヴ版の時も全然内容を理解できないまま映像の迫力だけを楽しんでいた人間なので、ただ自分の理解力が乏しいだけなのかもしれない。
物語をまったく理解できない(正確には「あ、これヴィルヌーヴ版で観たな」となることが多かった)とは言ったものの、決して映画自体が面白くなかったなんてことは言えない。物語はスクリプトをただなぞるように急ぎ足で展開されるが、映像から受ける印象はとても奇妙で、心惹かれるものがある。それは80年代の特撮という哀愁漂う表現に対してだけではない。些細な表現でグッと心を掴むリンチのずば抜けたセンスを堪能できることに、とにかく感動してしまった。主演はカイル・マクラクラン。『ツイン・ピークス』を昔観ていたので若かりし頃のマクラクランに驚いた。しかも主役だったとは。この頃からリンチと繋がっていたというわけか。あとはプロフェッサーXでお馴染みのパトリック・スチュワートも出演していて、そういう意味でもなかなか楽しかった。プロフェッサーのイメージがどうしても強いので普通に立って歩いているスチュワートにどうにも違和感がある。そしてビジュアルで言えば最もインパクトが強いのはケネス・マクミランのハルコネン男爵だろう。ブツブツと吹き出物だらけの醜い顔に丸々と太った体。そしてわずかに宙に浮いている。彼の登場するシーンはどれも強烈で一見コミカルなのだが、それでも悪役としての格を保ち続けているのが凄い。コミックから飛び出したような造形なのに、どこかおどろおどろしさがある。
特撮表現はアナログだがとにかく凄かった。フィルムの切り貼りや様々な特殊効果、ミニチュアを駆使した手弁当な作り。VFXも拙い当時はそれが当たり前だったのだろうけれど、令和の今に観ると逆に新鮮で楽しめる。ましてヴィルヌーヴ版という比較対象があるため、こういう工夫で乗り切ったのか!という発見を何度もすることができる。これはひとえに『デューン』が人気作品であるからだからなのだが、80年代と20年代で同じ小説が実写映画化されているなんてことは滅多にないので、物語への理解力が乏しくてもどうにかいろんな角度から面白がることができるのが強い。多分このリンチ版を観た後のヴィルヌーヴ版も更に面白いのだろう。
映像表現はやはりサンドワームを乗りこなすシーンの迫力に圧倒された。ヴィルヌーヴ版も相当な映画体験だったが、アナログなこちらもなかなかのもの。また、序盤にいきなり登場したナビゲーターなる存在。タコのような頭をした、巨大な水槽に入った怪物が大勢のリーダーとして登場するのには度肝を抜かれた。こんなクリーチャーを初手から出してくる映画が面白くないはずがない。ポール達の使うシールドの表現はかなり斬新。というかあれは何だろう。意図は分かるがどうしてあんなモザイクのような表現を採用したのか。他の映画ではまず観ない映像だが、リンチ特有のものなのか、それとも当時としては珍しくもなかったのか。ヴィルヌーヴ版もかなり独特だったが、オレンジのモザイクが画面のほとんどを占領するシーンはさすがに驚いてしまった。とはいえ、自分が生まれる前のこういった特撮表現に心惹かれるのも事実で、VFXの発達していない時代に壮大なSF映画を工夫を凝らして製作しているということに感動させられてしまう。
総じて、やはり世に出るのが早すぎた作品だと思う。特撮技術的にも、予算的にも惜しい作品だった。少なくともストーリーがより伝わる構成になっていればかなり化けただろう。カルト的どころかSW並の人気作品になっていたのではないだろうか。しかしこのリンチ版があるからこそヴィルヌーヴ版が存在するのだろう。次に今作を観る時は、原作を読み込んでおきたい。