『デジモンアドベンチャーtri.第5章』感想

デジモンアドベンチャー tri. 第5章「共生」

 

4章の感想を上げてから2ヶ月近く経過してしまったが、重い腰を上げてようやく『デジモンアドベンチャーtri. 第5章 共生』を観た。ぐんぐん下がっていくボルテージに嫌気が差してしまいつい先延ばしにしてしまったのだが、映画としては90分にも満たないほどなので視聴ハードルは結構低い。そもそもデジモンTVシリーズを1作抑えようと思ったら1年分以上を観なくてはならないわけなので、90分×6くらいのtri.は比較的取っ掛かりやすいと思う。振り落とされない限りは…。

 

そしてこの第5章なのだが、自分としては「これこそが観たかったデジモンアドベンチャー続編だよ!」と自信を持って言える部分があり、そういう意味では満点。tri.に忖度なくポジティブな気持ちになれたのは5章までで初めてのことである。ただ、それ以外の部分、何よりそれに至る過程さえもがあまりに粗末で見過ごせない。自分が待ち望んでいた瞬間があるのに、その他の全てを面白いと思うことができないジレンマ。嫉妬を抑えきれず太一にバトルを挑んだダークマスターズ編のヤマトも、こんな気持ちだったのだろうか。究極進化も出揃う第5章なのに、相変わらずの説明不足で突飛な話作り。それに加えて第5章は芽心を他のメンバーが慰めるシーンが延々と続き、まるで立ち直らない芽心にイライラがワープ進化してしまう。tri.が芽心とメイク―モンを核に据えて選ばれし子どもとパートナーデジモンの在り方を再び問う趣旨の作品だとは理解しているつもりだが、こんなにウジウジした新キャラに状況をかき乱される無印続編には、正直何も期待できない。芽心が落ち込みやすいキャラクターであり、メイク―モンがデジタルワールド崩壊の鍵を握るデジモンであるとなれば、芽心の心に陰が差し続けるのは確かにリアルなのだろう。人は簡単に辛い物事から立ち直ることなどできない。もちろん、そういった鬱要素を長引かせる作劇を否定するつもりはないのだ。自分はヱヴァQもかなり好きな人間だし、陽性のものばかりがいいとは思わない。だがそれでも、単純にその葛藤や物語がつまらないとなれば話は別である。芽心の心の弱さを描く物語としてはどうしても面白いと思える水準になく、ホメオスタシスイグドラシルの戦いなどの設定まわりの話にワクワクしてしまう。要は私がキャラクターに魅力を感じていないということだと思う。それは残念ながら、無印から引き続き登場している選ばれし子ども達やパートナーデジモンを含めてである。

 

抽象的な切り口になってしまったのでより具体的な話をしたい。

第5章では芽心が落ち込み慰められるというパターンを3度展開する。1度目はデジタルワールドの洞窟の中で、2度目は宿泊した学校の一部屋で、3度目はラストバトルの途中に。そして最終的に彼女が導き出した結論は「メイク―モンを殺してほしい」というもの。こんなに時間をかけておいて…!と怒りが湧いた。

1度目のシーンはまさか3度も同じことを繰り返すとは思わないので、「急にまとめに入ったな…」みたいなことを考えていた。メイク―モンの存在が人間界を脅かしていると分かり、メイク―モンと過ごした日々を思い返す芽心。そこに声を掛けるのが太一なのに、彼がアグモンを暴走させてしまったことには一切触れない。tri.はどうして無印の冒険のことをほとんど話さないのか。あの全54話こそ宝物庫であり、彼等を成長させた冒険の経験を語る形で、新しく選ばれた芽心とメイクーモンのパートナーとしての在り方を模索していくストーリーならそれだけで充分面白かったはずなのに。感染やリブートによって状況を複雑にしていき、挙句の果てに太一達の言葉は虚しく響く。大人気の既存作に頼らない姿勢は好印象だが、当時と違う製作陣に勝手に作り上げられたキャラクター像には、どうしても魅力を感じられない。

 

2度目の芽心慰めシーンは、怪談や太一と芽心を二人っきりにしてデジモン達がそれを実況するというコミカルな演出。怪談シーンのデジモン達の変顔大会はそれなりに面白かったが、こんなに尺を割いたシーンが「本当にただ怪談をやっただけだった」に終わるのは惜しい。普通こういうのはちょっとした伏線として機能するものではないのだろうか。本当にただの息抜きにしてどうするんだ。太一では癒しきれなかった芽心を、頭の弱いアグモンが泣かせるというのは悪くなかったと思う。でも、「胸が減ったの?」というおバカ発言に対して他のデジモン達があれこれ言うのはちょっと嫌だったかな。デジモン…特に無印をセクハラというフレームを通して観たくなかった。こういう些細な部分でも作り手との温度感が気になってしまう。tri.は自分にとってそういう作品なのだ。デジモンの下ネタは必殺技がウンチとかそういう程度が自分の好み。

 

3度目はラグエルモン、イグドラシルホメオスタシス、子ども達という四つ巴のバトル中に起きるわけだが、ここはさすがにいい加減にしてほしかった。そして前述したが、その結果もたらされるのが「メイクーモンを殺してほしい」という芽心の決断なのだ。あんなに尺を割いても駄目だったのかよ…と。人の心がそう簡単に変わるわけではないと分かっているし、tri.はそういう思春期特有のネガティブな部分を意識してるのは分かるのだけれど、じゃあこの90分くらい掛けた第5章がほぼ無駄じゃないですかねと思ってしまった。それなら普通のバトルを見せるとか、そういう親切心がほしかったところ。しかし、堕ちていく芽心とは正反対に、太一の心が大きな成長を見せてくれる。

 

第1章にて、お台場でのクワガーモンとの戦闘後に破壊された街を見て戦うことへの恐怖心を抱いてしまった太一に違和感を覚え、しかもその心情があんまりピックアップされないことに作り手への不信感まで抱いてしまったわけだが、ここに来てそのモヤモヤが一気に解消される。自分の信じる道を進むと決めた太一は、芽心の心の闇を祓うために1人決断を下すのだ。あぁ、この前向きな太一こそ私の知る八神太一。4章分ウジウジしていた(何なら太一だけでなく他のメンバーまでずっとウジウジしていた)こともあり、成長していくことに寂しさを覚えていた彼が「子どものまま大人になれたら」と悩みながらも、自分の意志で突き進んでいくシーンは割と良かった。

ただ、その結論として「メイクーモンを殺す」に太一が突き進んでいくのは全然よく分かっていない。それしか方法がないのは分かっているのだが、普通別のやり方を見つけることに奔走しないだろうか。というか、芽心を慰めることに時間を掛けすぎたせいで手を尽くした感が全く感じられないため、その決断が本当に唯一の方法なのかがピンとこない。そういうものだと言われればそう受け止めるしかないのだが、どうにも心が落ち着かないのである。アグモン達と離れ離れになりたくなくて、もう自分達を忘れているとしても再会したいと望んでデジタルワールドに行った男の決断が、「メイクーモンを殺す」になるだろうか。むしろやってはいけないことだと分かっていながらそういう非情な決断を下してしまうのはヤマトの役割な気もする。行動は太一なのに決断が全然太一ではない。なんだろうこの偽物感。いっそイグドラシルが化けていたと言われたほうが全然納得できる。「あいつらの好きにはさせない…!」じゃないんだよ。大体ホメオスタシスはメイクーモンを始末したいのだから、結局好きにさせることになるのではないだろうか。

 

太一の話で言うと、「俺達は一体何と戦っているんだ!?」というセリフも全く意味が分からなかった。それが敵の正体も目的も不明な第3章までで放たれるならともかく、ホメオスタシスVSイグドラシルという構図が明らかになっている状況で、ホメオスタシスも完全な味方ではないと分かった上で、「俺達は一体何と戦っているんだ!?」なんてセリフが飛び出すのは不可解。確かに善悪の境目が明確だった無印時代と比較すると、戦いの果てに待つ結末の虚しさに対しても言及できる鋭いセリフではあると思うのだが…明らかにタイミングを間違えている気がする。ただ、パンフレットを読むと声優の対談で印象的なセリフとして捉えられていたので、やはり作り手との気持ちの乖離を感じてしまった。

 

これを書きながらデジモンアドベンチャー第45話『究極体激突! ウォーグレイモンVSメタルガルルモン』を観たのだけれど、やっぱりヤマトの魅力は紋章が友情でありながら友情を信じ切れずにいるところで、太一の魅力は紋章が勇気でありながら大事なところで一歩を踏み出せないところだと改めて感じた。だからこそ、tri.5章で太一がメイクーモンを殺すという決断に踏み切り、ヤマトが仲間を犠牲にする希望なんてあってたまるかと太一を諭す展開はかなり違和感がある。2人が高校生になってもう成長してしまったんだ、あの頃の2人じゃないんだよと言われるかもしれないが、太一は決断を下す数十分前に「子どものまま大人でいられたら」と言っているのだ。要は無印時代の再現がこのシーンの到達点の一つだったはずなのに、太一とヤマトの構図が逆転してしまっている。何より、ウォーグレイモンとメタルガルルモンが合体した姿のオメガモンが一方的に太一の命令だけを聞いて戦い続けるのも設定としてよく分からない。にしても無印のダークマスターズ編はマジで面白いな…。

 

戦いの最中、ジエスモンの必殺技の巻き添えを喰らい、太一が何と割れた地面の中へと落ちていってしまう。まあ死んではいないのだろうが、常人なら明らかに死んでいる絶望的な状況。ちなみにギンガマンのヒュウガはこの状況から生還して追加戦士になった。無駄な一文を書いたが、問題なのはここからである。私がデジモンアドベンチャー続編に求めていたものが、ここから先に現れるのだ。

 

太一が消えた後、まずヒカリがおかしくなる。THE☆鬱描写とでもいうような画角で謎のエネルギーをまき散らし、巻き込まれたニャロモンが進化バンクもなくオファニモン フォールダウンモードへと究極進化。その勢いでラグエルモンと溶け合うように合体し、不気味な化け物となった後に、空中のゲートを通って人間界へと去っていく。ホメオスタシスに干渉される特殊な人物であるヒカリが、兄の死によって闇堕ちするというのは理屈では分かるが、こういうのはさすがに事前にある程度伏線を仕込んでおくべきだと思う。それは設定としてだけではなく、心情としてもそうだ。ヒカリに「大切な存在を失ったら…」などをセリフとして事前に言わせるとか、そういう気の利いたことを一切せずに唐突に闇堕ちさせて、何の説明もなく次章に突入。このような不親切さが、自分の感性ととことん合わない。丁寧に導線を引くことを諦め、観客へのインパクトばかりを優先しているように思えてしまう。というか、こんなに雑にテイルモンを究極進化に持っていくのなら、これまで4章かけて変な究極進化ノルマを達成していったのは何だったんだろう。デジモンに暴走は付き物で、一度間違った勇気を発動させてしまった太一の妹であるヒカリがそれを招いてしまうのは悪くないのに、盛り付けの雑さに二の句が継げない。

 

しかし、ここからtri.の救世主が現われる。

そう、「太一の遺志を継ぐ石田ヤマト」という概念である。

私は無印の石田ヤマトという人間の嫉妬深さと情けなさ、心の弱さ全てに共感しているし、ダークマスターズ編の面白さの8割は彼の情緒不安定さが担っていると言っても過言ではないくらいに彼のことを愛しく思っている。彼の行動を間違いだと思いながらも寄り添い続けるパートナーのガブモンも含めて、作劇の素晴らしさに何度観ても感動してしまう。そしてヤマトの嫉妬や憧れの対象として常に輝き続けていたのが、八神太一なのだ。タケルの兄には太一のほうが相応しいのではないか…。そんなことまで考えてしまうほどネガティブで他人を信じ切れないヤマトが成長を果たす物語。思い出しながらも落涙しそうになる。

だからこそ、tri.においてとりあえずバンド活動だけは続けているが、特有のネガティブさは失せ、大してピックアップされることもない(もうパートナーが究極進化しているので当然と言えば当然なのだが)彼を見るのが辛かった。ヤマトにはもうキャンプにノースリーブを着ていく勇気もないのだ。太一がゴーグルを持ち出すのなら、ヤマトが袖を引きちぎってもいいではないか。

 

そんなヤマトが、太一の失踪に彼の遺したゴーグルを手にして他の皆を鼓舞する。私は知っている。彼はそんな器ではない。どう見ても無理をしているのだ。太一になれないところが彼の良いところであり、だからこそ太一の良さを誰よりも分かっている。そしてそういった理解をたくさんの人々に向けられるからこそ、彼の紋章は「友情」なのだろう。そう、ヤマトはヤマトでしかないのだ。

しかし、太一の不在にリーダーの役割を担えるのは彼しかいない。それは「真似事」かもしれないが、同時に太一を一番近くで見てきた彼にしかできない行いなのだろう。無印では「人には人の個性がある」という結論を導き出した彼が、最も憧れる太一のポジション…彼にとっては玉座にも等しい地位に押し出される。「石田ヤマトによる八神太一化」「太一のゴーグルをかけるヤマト」私は、この瞬間を待っていたのかもしれない。無印で太一が1人だけお台場に帰った時にはできなかったのに、こんなところでその地位を彼が担うことになるとは…。tri.の視聴は2度目のはずなのに、初見では完全に見落としていた。tri.にちゃんと向き合って、何より無印という作品の良さを自分の中で見出していたからこそ、しっかりと堪能することができた。このヤマトが見られただけで、正直tri.の絶望的なまでの自分とのアンマッチを耐えてきた甲斐があるというものだ。

 

だが、そのカードを切るにはあまりに勿体ないシチュエーションだったことにも言及しておきたい。見たいものは見られたが、そこに至るまでの流れはまたもや酷い。ヤマトは一連の出来事を「太一の決断の結果だ」と言っていたが、どう考えてもジエスモンのせいである。太一はただちょっと走って皆と違う位置にいたせいで、地割れに呑み込まれたにすぎない。例えばけしかけたオメガモンの技が偶然当たってしまったとかなら分かるのだが、遅かれ早かれジエスモンはあの技を出していただろうし、その時に太一が巻き込まれている可能性はあり、この惨劇を引き起こしたのが太一の行動の結果だなどという風には到底見えない。脚本が出来上がる前に先に作画だけしたのではないかと思えるほどのミスマッチ。やっと素晴らしいシーンを見られたのに、どうしてこんなことになってしまったのか…。tri.はどこまでも私を満足させてはくれない。何より、ヒカリの暴走の話をしてほしい。最終章に向けての衝撃的な結末…にくどくど説明をしてしまうのがナンセンスだとは分かっているのだけれど…。

 

ということもあり、このtri.第5章に対する思いはかなり複雑である。ただ、どうせ最終章でせっかく立ち上がったヤマトの良さが搔き消されるんだろうなぁというネガティブな信頼がかなりあるため、特に期待はしていない。最終章を終えれば全く知らないアプモンシリーズへと進むことができるので、こちらも究極進化よろしくノルマ達成のために最終章へと進みたいと思う。