映画『電気海月のインシデント』評価・ネタバレ感想 デスノートライクなハッカー頭脳戦

4月の新作映画『黄金泥棒』の予告を観てちょっと気になり、監督の過去作がサブスクにあるようで本数も多くないしとりあえず1作履修しておくかという軽い気持ちで手を出したのだが、こちらの予想を易々と凌駕されてしまい、鑑賞から一夜明けても未だ興奮が止まらない。萱野監督の名前は初めて知ったのだが、もう既に虜になってしまっている。まさかこんなに面白い作品に出会えるとは。

 

映画『電気海月のインシデント』の物語はざっくり言うとハッカー同士の頭脳戦。正義のハッカーと悪のハッカーが、バチバチと火花の音さえ聞こえてくるような攻防を繰り広げる。福岡で流通した、他人のスマホを覗けるピンク色のタブレットから始まる物語は、いつしか壮大なサイバーバトルへと発展していく。

 

私が本作にとにかく強く惹かれた理由、それはやはり「温度の低さ」だろう。とにかく徹底して体温の低い映画なのだ。プログラマーの冬吾は典型的なプログラマーといった佇まいで、彼を仲間に引き入れる探偵のライチもまた冷静沈着。その体温の低そうな立ち居振る舞いとは裏腹に、2人は単なる職務遂行ではなく、技術を悪用する白鬼を許せないという強い信念を胸に秘めて敵に立ち向かっていくのだが、あくまでその想いは内に秘められたもので、彼等は声を荒げることもなく、低血圧な会話で丹念に作戦を練り上げていく。感情的にならず冷静に状況に対処しつつ白鬼達を追い詰めていくシークエンスがとても素晴らしく、雰囲気だけでも充分に没入することができる。

 

そんな低体温な映像が、サスペンスとしての緊張感を一段と高めているのだ。おそらくこの映画に最も近い有名作品は漫画の『DEATH NOTE』だろう。心理戦の金字塔とも言える作品だが、本作もそれに匹敵する緊迫したやり取りが繰り広げられる。何なら、本編でも明らかに再生数が飢えていそうな配信者がピンクタブレットをデスノートになぞらえるシーンがあった。本作は何よりスピード感を意識した脚本の中でキャラクターの息づかいが聞こえてくるような脚本がサスペンスとして見事。登場人物の見かけ上の熱量は低いのだが、彼等の熱意や焦燥感は凄まじいほどの熱気を持って伝わってくる。また、多くの人物が冷静なおかげで、時に感情を剥き出しにしたり、何のスキルもないのに他人を利用して悪事を働き続ける、白鬼と手を組む管嶋の安っぽさも際立っている。また、ふとした時の短いセンテンスでの脚本の言葉選びも絶妙(個人的なお気に入りは「仮説って愛着わいちゃうもんね」)で、事件が終わった後に登場人物がカメラに向かって出来事を振り返る形式も巧み。白鬼側が全方位カメラを事務所に送ってきたり、ピンクタブレットの関係者を炙り出すためにわざとピンクタブレットを見せびらかすように持ち歩いて動向をチェックしたりと、映像としては素朴ながらスパイ映画のような趣が随所に見られ、一つ一つの展開の理屈づけも面白い。

 

それだけでなく、この映画はIT関連のディテールにも気を配っている。私はハッカーでこそないがIT企業に勤めている人間なので、飛び交う専門用語にもついていくことができた。しかし、専門外の人は聞き慣れないワードに戸惑ってしまうかもしれない。技術的にハッキングとしてこれらが可能なのかどうかまでは分からないのだが、自分の職場でもよく聞くような用語が矢継ぎ早に飛び出してくる。しかも用語の細かい説明はないままに話が進んでいく。プロフェッショナルな空気感が漂い続け、エヴァンゲリオン的とも言える専門用語の洪水が耳に心地よい。用語を知っていれば冬吾達の作戦の理解の一助となるし、知らなくともスピード感のある応酬が絶妙な緊迫感を生んでいる。

 

低予算映画なのでさすがにアクションが派手とまではいかず、キャスト陣の演技にも粗さはあるのだが、それでも脚本の妙だけで充分に見応えがある。スマホの映像が流出してしまい自殺する地下アイドル…というちょっと俗っぽい描写でさえ、アイドルオタクの描写のねっとりした感じが一瞬ながら巧みに表現されているのだ。アイドル側の、オタクからの要望に辟易している表情や、彼女へ歪んだ愛情を向けるオタク。正直このオタクもアイドルも物語上の重要人物ではないのに、描写がうまくて引き込まれてしまう。IT部分もそうなのだが、些細な描写が生き生きとしていて伝わりやすいのである。邦画的な温もりが一切ない上にアクションも正直アクションとさえ呼べない代物レベルなのだが、それでも格段に面白い。そもそも「電気海月のインシデント」というタイトルのオシャレさが凄いのだ。オープニングも静謐でシャレている。本編の映像もオシャレ。登場人物も必要以上に言葉を交わさずオシャレ。序盤に出てくるタブレットを手に入れてはしゃいでいた若者3人が家でダラダラしてるだけの描写さえ引き込まれてしまう。1人が必死に話しているのに他2人は真剣に聞こうともしていない…というリアルさ。そしてなんとこの映画、低予算なのにBlu-rayまで発売している。コスト上の理由でDVDにしかならない…という作品も多い中でBlu-rayを出してくれているのが本当にありがたい。しかもコメンタリーやNG集が付属した豪華仕様。

 

 

note.com

 

なお、公開当時から数々の情報を発信していた公式noteに色々と解説が載っていたりもする。主人公2人は最後死んでしまったのか…という問いに対して、監督は「実は映画開始冒頭1秒に答えが写ってます。」と回答しており、思わず再度再生したところ、ちゃんと証拠が残っていた。何なら笑ってしまうレベルで。こういった質問に「観ていれば分かるはず」などと観客任せにしてはぐらかして答える作り手も多い中で、きちんと答えを提示する上に「冒頭1秒」なんて丁寧に教えてくれる萱野監督。もうどんどん大好きになってしまう。

 

上記noteから「公式資料」として脚本にも飛ぶことができるので、ハマった方はぜひ堪能してもらいたい。セリフを読むだけでもめちゃくちゃ面白いので。

『黄金泥棒』公開前に萱野監督の他作品もどんどん観ていきたいところ。AmazonとU-NEXTに入会していれば制覇できそう。