映画『キャンドルスティック』ネタバレ感想 ダイジェスト版のような薄っぺらさ

4カ国6都市を舞台にした国際的映画で、主演は阿部寛。外国が関わってくると豪華な印象をつい抱いてしまうものの、この映画に関しては誇大広告だったように感じる。予告を観た時点で「なんかチープだな…」と違和感を持ってはいたが、実際の映画もかなり安っぽい。舞台こそ4カ国6都市に偽りはないし、外国人の俳優さんも起用していて国際色も出ているのだが、あくまで「出ている」だけで、それが物語に一切寄与していない。この映画の宣伝で一番プッシュされているのは「4カ国6都市!」なのに、逆にそれがなければ結構楽しめたかも…とまで感じてしまう出来。簡単に言うと、要素が盛り込まれすぎているのである。

 

ストーリーに関しては、株やFXの知識が一切ない私でも物語の大筋を理解できるくらいには分かりやすい映画だった。誰がどういう背景を持っていてどう動いて、何が映画のゴールなのかがはっきりと描かれている。描かれてはいるが…同時に説明的でもある。93分という尺に対してとにかく重い過去を持つキャラクターをどんどん捩じ込んでいくせいで、要素ははち切れんばかりに膨らむ。それぞれのキャラに葛藤や見せ場が用意されてはいるが、どれもこれもが表層的で薄っぺらく見えてしまう。単純に、キャラクターの抱えているものに対して、その重みづけが上手くいっていないように思えた。

 

例えば阿部寛演じる野原は過去にリンネにFXでの犯罪スレスレの大儲けを持ちかけられ、作戦に乗る。しかしリンネに利用された挙句結果的に逮捕されることに。そんな中、FXセミナーで出会った杏子(菜々緒)が自分と同じく、数字に色がついて見える共感覚の持ち主であることを知り、2人の仲は急接近する。杏子は夫とも別れ、野原と共に生活することを決めるが、そこで再び彼にリンネからの提案が持ちかけられる。そして野原は人生を取り戻すため、元号が変わる瞬間を狙ってAIを騙しFXで大儲けを狙うことになる。

 

ざっと野原のキャラクター象をまとめるとこんな感じなのだが、この映画にはこれくらいのボリュームを持つキャラクターが複数存在している。杏子とリンネはもちろん、津田健次郎演じる杏子の元夫も、リンネの甥のルーも、FXセミナーを開く吉良も、とにかく要素が多い。誰も彼もが90分で語り切れるかギリギリの背景を持っているのに、4カ国6都市を売り文句にしているだけあって、各国のキャラクターがほぼ平等に描かれる。何なら阿部寛が主演かどうかも少し怪しいくらいである。しかも時系列があっちこっちに飛ぶため、序盤は全体像を掴みづらい。簡単に言うと、混乱するのだ。

 

時系列によって混乱させた後も、キャラクターは活き活きと物語を進めていく。さも観客側が各キャラに馴染んでいるであろうという雰囲気で、あまり愛着のないキャラのやり取りが描かれていくのがなかなかキツい。どう考えても群像劇をやれる尺ではないのに、キャラクターが乱立してしまっている。交通整理のされていない脚本という印象を受けたし、1クールの連続ドラマを凝縮したダイジェスト版かのように思えてしまった。それくらい、物語が進むスピードが早いのである。これは緩急云々の問題で、たくさんの要素をとにかく観客に全て順番に提示していこうという気概の表れであるような気がしている。結果的に誰が大事か、何を伝えたいかが全く分からず、キャラクターの描写不足によって言葉に説得力が生まれない作品となってしまっていた。

 

野原が再度逮捕されるラストも、別に日本を出る必要はなかったと思うし、ラストを杏子が持っていくせいで主演である阿部寛の印象がとにかく薄まってしまった。2人が仲を深める描写もなぜかオミットされており、何より共通点である共感覚が完全に不要である。FXの画面の赤と青の棒(これをキャンドルスティックと言うらしい)が数字に見える…というのが何の決め手にもなっておらず、ラストは単に野原がリンネ側のPCを10秒遅らせていただけという体たらく。これならリンネにやらせる必要は一切ない。もっとFXに強い人に託すほうが自然だろう。大体なんで共感覚を持ってたくらいでこんなに惹かれ合うのかがよく分からなかった。野原は寡黙そうだし、恋愛をするタイプではないと思うのだが…。

 

5月7日12時というタイムリミットが設定されているにも関わらず、ドキドキハラハラ感が一切ないのもかなり勿体無い。施設を立て直したいファラーがパスワードを人質に取ってロビンに迫るわけだが、このファラー達の話が野原側と全然繋がっておらず、ただただロビンが損な役回りに。何なら報酬も全てファラーに奪われ、そもそも彼が何故そこまでしてこの作戦に協力するのかもよく分からなかった。というか吉良とファラーの話はさすがに盛り込みすぎだと思う。吉良が鬱病で、ファラーはそれを支えていて…。キャラは立ってるのに、やはりスピードが早すぎて消化不良のまま物語が進んでいく。感動するとか以前に、つまらない。プロットをそのまま読まされているかのような気分になったし、脚本における「引き算」の重要性がよく分かった。

 

原作は川村徹彦による『損切り』。初心者向けにFXを解説する本らしく、夫の失業をきっかけに外国為替取引に手を出す主婦を主人公としてFXについて学べる書籍のよう。原作は読んでいないが、小説ではないようなので、つまりはこの映画の内容はほぼオリジナルということになる。どうしてこの本を原作にしたのかは不明で、本自体の評価もあまりよくない。そもそもこの題材でどうして4カ国6都市なのか。なぜ阿部寛菜々緒なのか。なぜ上映時間が93分なのか。なぜ米倉強太の初監督作なのか。とにかく疑問は尽きない。予算をどうにか使おうとした…とかだろうか。いや映画業界でそんな話は聞いたことがないが、何かおかしな理由がなければこんな素人くさい映画が阿部寛主演で生まれるわけはないので、どうも色々と勘繰ってしまう。

 

今年ワーストに入れるほどでもないくらい味気なく、とにかくつまらない。既に書いたが映画のプロットやドラマのダイジェスト版を観させられているような感覚で、逆に貴重な体験になった。全然おすすめはできない。今年は阿部寛主演映画が3本ある上に先月までドラマ『キャスター』も放送されていたので、阿部寛が供給過多になっている。それゆえにまあこれくらい変な阿部寛映画があってもいいか…と思えてはいるが、多分来週になったらもう思い出せないくらい薄い映画だった。

 

 

 

損切り

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