はじめに
漫画『BLEACH』にハマっている。7月から始まるアニメ最終章に向けて原作序盤を読み返した感想はこちら。
それはそれとして、『BLEACH』はアニメオリジナルエピソードの設定が原作に逆輸入されていたりと、原作と旧アニメ版との関係性が非常に深いということも耳にしている。私はTVアニメから『BLEACH』を知り、本放送当時結構夢中になっていたのだが、破面篇の途中で塾の日なのにも関わらず毎週欠かさなかった録画を忘れたことを契機に、『BLEACH』のアニメを観なくなってしまった(確かエスパーダ落ちと戦っている辺り)。つまり斬魄刀が擬人化されるエピソードやアニメオリジナルの隊長のことなど全く知らないのである。ただ原作74巻を何度か読んでいるだけで、しかも毎回一気に読むために後半の内容はうろ覚え。アニメ最終章を前にしてこれはまずい。まして新アニメは久保先生監修のアニオリも多いため、何が起こるか分からない。それならば備えなければならないだろうと、アニメまでに間に合うかはともかく、『BLEACH』の漫画とアニメを最初から順番に並行して追いかけていくことにした。
漫画を死神代行篇で区切ったので、ひとまずアニメも死神代行篇までで感想を書いていくことにする。具体的には第1話~第20話まで。とはいえ詳細な分析をしたり作画について細かく話したり大胆な考察をしたりということはせず、単に観た上で原作との違い等をあれこれ言うだけなのでそこはご容赦願いたい。
- はじめに
- 第1話「死神になっちゃった日」
- 第2話「死神のお仕事」
- 第3話「兄の想い、妹の想い」
- 第4話「呪いのインコ」
- 第5話「見えない敵を殴れ!」
- 第6話「死闘! 一護vsイチゴ」
- 第7話「ぬいぐるみからコンにちは」
- 第8話「6月17日、雨の記憶」
- 第9話「倒せない敵」
- 第10話「ぶらり霊場突撃の旅!」
- 第11話「伝説のクインシー」
- 第12話「やさしい右腕」
- 第13話「花とホロウ」
- 第14話「背中合わせの死闘!」
- 第15話「コンのウハウハ大作戦」
- 第16話「阿散井恋次、見参!」
- 第17話「一護、死す!」
- 第18話「取り戻せ! 死神の力!」
- 第19話「一護、ホロウに堕ちる!」
- 第20話「市丸ギンの影」
- 総括
第1話「死神になっちゃった日」
まずサブタイトルからして久保帯人先生からは絶対に出ないダサさに溢れている。百歩譲って「死神になった日」だろう。「なっちゃった」はさすがに厳しい。何より「なっちゃった」という表現には「①事故で死神になってしまった」というシナリオ通りのニュアンスのほかに、「②本当はなりたくなかったのに」や「③偶然だったがなれて嬉しい」というような感情も含まれているように受け取れてしまう。そして②も③も黒崎一護のキャラクター像とは結びつかない。当時はスマホもない時代で、サブタイトルは新聞のテレビ欄にも掲載されるものだった。原作通りの英語タイトルでは枠に収まりきらないなんていう事情もあったのかもしれないが、それにしてももう少し堅い言葉を使うとか、短く要点をまとめるとか工夫を凝らしてほしかった。サブタイトルに関しては基本的にオリジナルなのだが、各話でいちいち触れているとキリがなさそうなので何か言いたい時だけ触れていくようにする。
OPとEDを除くと1話は約20分。この20分に原作の第1話が詰め込まれているという、ジャンプアニメでは定番の構成。ゴールデンタイムにそぐわない描写や台詞はオミットされているが、それら細かい違いについてもキリがないので省いていこうと思う。
私は基本的にこの時代のTVアニメに好意的なのだが、Aパートが始まり、いきなり第1巻の巻頭歌がおどろおどろしい文字でドンッと出てくる辺りはさすがに気が狂う。何としても本編に巻頭歌を入れたいという気持ちは分かる。ジャンプ本誌では読めないがBLEACHらしさに溢れた旨味成分、どうにかアニメにも盛り込めないかという気概は理解するのだが、ナレーションですらなく文字として出てくるのは少し違う気がした。次に大きな改変は、原作では一晩のストーリーだったのが、アニメでは二晩に変更されていること。これにより一護とルキアの出会いが、実質アニメオリジナルになっている。言葉を交わすことこそなかったが、なかなか大胆な変更と言えるだろう。(おそらく)登校中に霊の悲鳴を聞いた一護は、逃げ惑う人波をかきわけて虚へと近づいていく。一護の勇敢さを示す描写としては悪くない。そこに虚が姿を現し一護が驚いているところで、空からルキアが登場し、虚を二撃で滅する。
ここで問題なのは、「虚は背後から近づき一撃で倒すのがセオリー」という設定との矛盾である。このセオリー自体はまだ第1話の時点では登場していないものだし、そもそも作中で絶対に順守されているかと言われると怪しいのだが、それでも直近で出てくる展開と矛盾するのはどうなのだろうと考えてしまった。このセオリー自体が、織姫兄との戦いの際に一護が驚くために用意された設定なのだと言われても納得はする。だが、モロに虚の正面から、しかも二撃でというのは、後でルキアが口にする言葉と大きく矛盾しており、この辺りの整合性は取ってほしかったところ。そもそも正面から倒すよりもルキアが背後から虚を叩き切り、血飛沫の中から一護の前に姿を現す…などの描写のほうが構図としても絶対に良かったと思う。
だが、このアニオリのルキア登場シーンに関する弊害はこれだけではない。このシーンが挿入されたせいか、原作通り黒崎医院で一護達が襲われたシーンではルキアの戦闘描写がほとんどカットされているのだ。もちろん、因果は逆かもしれない。一護覚醒前にルキアを活躍させる描写を挟むとテンポが悪いみたいな話の流れから、Aパートでルキアの活躍を描いた可能性もある。序盤では戦闘力が分かりづらいルキアに、一人で虚を退治するという見せ場を与えたかったのかもしれない。とはいえ、一護覚醒前のルキアはほぼ一撃で虚に致命傷を与えられてしまい、結果的にルキア=弱いという図式の構築の一助となってしまったようにも思える。
このまま黒崎家バトルの話をしたい。まず原作からの改変ポイントは、夏梨と遊子の立場が逆になっている点。原作では一護の部屋まで這ってくるのは夏梨で、虚に喰われかけるのが遊子。しかしテレビアニメでは逆になっている。声優さんや作画等の事情がある可能性もあるが、これを原作を意識した改変と捉えるならば、確かに霊的濃度の高い夏梨のほうが先に喰われかけるのは理に適っており、見事な改変と言えるだろう。一方で、前述したようにルキアのここでの見せ場はほぼ皆無であり、一護を庇ったせいで一撃で致命傷を喰らう、第1話シャンクス並の驚きの弱さになってしまっている。
ここから一護が力を手に入れて初陣に挑むのだが、『Number One』がゴリゴリに鳴る中で一護が死神として覚醒するシーンはさすがに鳥肌である。やはりこのアニメは音楽が強い。さすが鷺巣詩郎、あっぱれである。一護の戦闘描写は漫画とほぼ同じなのだが、臨場感が段違いになっている。一方で、一護が縛道を破る際の、霊っぽい漢字がたくさん弾けていく描写は見ていられなかった。また、細かい点にはなるが一護の部屋にギターが置いてあることにも驚く。原作では簡素な机の横にバットが立て掛けてあっただけなのだが、彼が音楽に精通していることがサラリと描写されていた。
第2話「死神のお仕事」
またもサブタイトルがBLEACHらしくない。「死神の仕事」という言葉は原作にも登場するのだが、「お仕事」と「お」を付けるだけでこんなにもポップな印象を持ってしまうとは。言葉の力を見せつけられるという意味では非常にBLEACHらしいのだろうか。そんな第2話は、原作の2話~4話冒頭で構成されているが、意外とアニオリ場面も多い。明確に構成を原作と変えて縦軸を補強しようとしているように思える。
一護にとって母親の仇でもあるグランドフィッシャー。このグランドフィッシャーが虚を束ねて暗躍していたという設定が付与されており、織姫兄もその計画の礎となってしまったという形に改変。窓の外から織姫を見守る姿や虚の大群に襲われ自らも虚となってしまう姿が物哀しく、これは比較的良い改変と言えるだろう。何より原作の序盤は登場した虚等を次々と退治していくだけで短編の積み重ねのような味わいになっているため、それを一護の宿敵となるグランドフィッシャーを軸に再構築しようとしている点は評価したい。また、原作にはなかった一護の魂葬シーンも追加されている。
縦軸の補強で言うと、原作2話の一護が覚悟を決めるシーンを敢えて保留にしている点も興味深い。死神に”なっちゃった”一護に対し、ルキアが「半端な心持ちで霊を助けるな。目の前の霊だけでなく他の全ての霊を助ける覚悟を決めろ」と、暴論レベルの要求をするシーンだが、この2話を締め括る一護の台詞は次のエピソードに持ち越されている。
こうした縦軸補強や仕込みを入念に行っている一方で、尺の都合なのか「虚は後ろから一撃で倒す」というセオリーは一護と織姫兄の戦いの中で唐突に語られるものとなっている(漫画ではセオリー通りに虚を倒せるようルキアが一護に修行させている)。そこをカットするならばそもそもこのセオリー自体をカットすれば第1話とも矛盾しないのだが…。織姫が怪我をするシーンは過去の出来事ではなく、一護の目の前で起こる事故に変更され、黒崎家でのバトルは原作より描写が追加されている。アクションが多めになっているのは良いことである。
第3話「兄の想い、妹の想い」
第2話と地続きになっており、実質前後編の構成になっている。原作をかなり端折ってはいるが、流れ自体はほとんど変わっていない。大きな変更点は前述した通りグランドフィッシャーの暗躍を既に匂わせている点で、ルキアが「一護を狙う虚がいる可能性がある」と指摘している。それに伴って織姫兄の犠牲者感も強まっており、話の最後に、保留になっていた「手伝わせてもらうぜ、死神のシゴトってやつを」が出てくる構成は素直に上手い。だが、それならこの第2話のサブタイトルを「死神のお仕事」にすべきだったのではないだろうか…。
引っ掛かったのは、織姫の因果の鎖である。虚となった兄を抱き締め重傷を負った織姫の霊体。一護が駆けつけるも、ルキアは「まだ鎖が切れていないから無事だ」と説明する。これ自体は原作通りなのだが、アニメではどう見ても鎖が切れてしまっている。まず、原作では織姫が兄を抱き締めるのは部屋の中なのだが、アニメではつい数秒前まで部屋の中にいたはずなのに、一護を庇って家の前の道路に出た上で、同じ構図で兄を抱き締めている。2階の窓から飛び降りたのか…?と脳内補完はできるのだが、その後、織姫が倒れているシーンで鎖はなぜか玄関へと続いている。つまり織姫は一護と兄を守るために一瞬で階段を降り玄関から外に出たのだ。それ以前に、その少し手前のシーンで明らかに鎖が切れているのだが…。因果の鎖については『BLEACH』序盤で何度も出てくる要素であるため、ここで変な原作改変を挿入してツッコミどころを用意されると興覚めしてしまう。素直に部屋で抱き締めるのでは駄目だったのだろうか。また、この第2話と第3話では織姫が一護に片想いをしている描写がなぜか決定的に削られていた。送っていこうかという提案を反射的に断ってしまい反省する織姫、織姫とたつきとの会話などなど。調べるとアニメスタッフが意図的に一護とルキアのカップリング説を濃厚にしようとしたなどという陰謀論も世に憚っているらしい。それに関しては考えすぎだと思っているが、織姫の恋心が原作からだいぶ削られているのは事実のようだ。
第4話「呪いのインコ」
この回も概ね原作通り。一応、冒頭でグランドフィッシャーが死神(おそらく一護のこと)を喰おうとしているという描写が挟まれる。この時代のジャンプアニメは引き伸ばしが激しいと指摘されがちだが、少なくとも『BLEACH』はむしろ1話辺りのテンポを重視しているようで、原作にあるシーンもまるまるカットしていたりする。もちろんここできちんと原作通りに引き伸ばしておけば、アニオリエピソードを減らすこともできたかもしれない。それでもテンポを損なわず物語を進めていこうという製作陣の気概を感じることができ、私は大胆な端折りも悪くないと思っている。何なら、昨今では絶滅危惧種となった、原作に追いついてしまったためのアニオリエピソードという概念も大好きなので。
カットされたのは一護が屋上で不良に絡まれるシーン、病院を抜け出したチャドを一護が学校中捜しまわるシーン、夏梨が学校で息を切らすシーン。確かに、どれもあってもなくてもというシーンだった。一方で、紙パックのどこにストローを差せばいいのか分からず困惑するルキアのシーンは、浅野の「何でも言って」という言葉に喜んだり、最後に一護がストローを差してあげたりという、より感情豊かな表現が加わっている。また、背中に傷を負ったチャドが病院のベッドにうつ伏せで横たわっているのも面白いポイント(原作では普通に仰向けだった)。
第5話「見えない敵を殴れ!」
この回はセリフやバトル描写のオミットがあるが、基本的には原作に忠実。地獄の門の描写も原作ほぼまんまで驚き。そのため、特筆すべき点はない。そういえば、チャドは原作ではインコとの話で初登場だったが、アニメでは第2話の時点でクラスメイトとして登場していた。
第6話「死闘! 一護vsイチゴ」
まず、全然死闘じゃない。原作からアクションは盛られているが、イチゴ(改造魂魄側)がやたら一護に蹴りを入れているだけである。しかもそれが格ゲーのモーションのような画一的な動きの連続なので、奇妙さに笑ってしまう。どうしてこの攻撃を避けられないんだ一護。この回では浦原商店のメンバーが登場する。私は三木眞一郎の浦原さんが小さい頃から大好きなのだが、初登場の時点で既にだいぶ存在感が強い。何者か明かされるのはまだ随分先のはずなのに、ここまで風格を出せるとは。喋り方や口調はもちろんだが、三木眞一郎の声で更にキャラクターの魅力に磨きがかかっていると思う。
この回で特徴的なのは、Aパートが比較的シリアス目で、Bパートがギャグチックになっている点。元々後にコンと呼ばれる改造魂魄自体が別に強いキャラではないのだが、一護の身体を乗っ取ろうとするというゴーストめいた話運びのおかげで、演出もあいまってかなりシリアスな雰囲気になっている。しかしBパートでは一護のクラスの女子達の様子などが描かれ、コンもエロキャラとしてどんどん覚醒していき、ギャグストーリーへと向かっていくのだ。しかし、締めではゲームのキャラを簡単に死なせようとする子ども達にコンが怒る…というこれまたシリアスな空気に。原作ではここでイチゴと一護は会わないのだが、一護が早めに駆けつけ子ども達を守った…という幕引きになっていた。
第7話「ぬいぐるみからコンにちは」
改造魂魄回の後編。相変わらずサブタイトルのセンスが酷い。ここまでくると「絶対に久保帯人が付けなさそうなタイトル」を敢えて狙っているのだろうと思えてくる。いや、むしろ久保先生とは逆の意味でセンスがあるのかもしれない。重要なグランドフィッシャー戦の前フリでもあるエピソードのサブタイトルに親父ギャグを仕込むのは並大抵の度胸ではできないだろう。
原作ではコンが虚から救ったのは蟻だったが、アニメではゲームをしていた子ども達に変更されている。蟻のほうがあらゆる命への慈しみの心を持っていることは表現できただろうが、どちらにしても彼が命を奪わないキャラクターであることは明確になるし、視覚的な分かりやすさを狙ったのだろう。その後、コンがぬいぐるみに入れられるエピソードは原作では一護のモノローグだったが、しっかりと流れに沿ってアニメ化されていた。何ならセリフが増えていたりもする。やはり序盤のBLEACHアニメは各エピソードの無理な引き伸ばしをしていたのではなく、原作のエピソードを1話もしくは2話単位で見せるための効果的な再構築を試みていたのだろう。20分もしくは40分の尺に収めるための引き算だけでなく、時にシーンや台詞を追加する大胆さも見せてくれる。また、原作3巻の巻頭歌も織姫の一護を想う台詞として登場している。
しかし何より大きな改変は、白哉達に先駆けてのアニメオリジナル死神・西堂榮吉郎の登場だろう。リアルタイム当時は原作を知らなかったので知る由もなかったのだが、原作を読んだ後にアニメを観ると、白哉達より前に死神が登場するというあまりの原作改変に驚愕した。これまでアクションを追加したりセリフを変えたり削ったりでテンポを保ってきたアニメが、急に大胆な反撃を見せるのだ。そもそも他のジャンプアニメでも、アニオリのエピソードを挟むことこそあれど、原作のエピソードにアニオリのキャラを混ぜ込むなんてことは滅多にない。何なら、原作ファンからしたら劇薬と言えるかもしれないこの策。更に言えば原作でも序盤の重要回として位置づけられるグランドフィッシャー戦にねじ込んでくるという挑戦心。ただ自分はこういう気概、嫌いじゃないです。
第8話「6月17日、雨の記憶」
西堂が本格的に登場し、これまでで最もアニオリ色の濃いエピソードになっている。隠密機動の西堂が命じられたのは、現世の滞在日数を超過しているルキアの調査。彼の登場により、原作よりも早い段階でルキアが一護に死神の力を渡したことが重罪であることが明かされる。アニオリキャラの割にギャグとシリアスを気軽に行き来する西堂のキャラクターは世界観に馴染んでおり、更に言うとしっとりとしたグランドフィッシャー編においてアクションパートを担う形にもなっていて、かなりバランスが取れた男でもある。一方で、原作で今後明かされるあれこれを考えると、どうして始解もせず戦うのかとか、隠密機動という割にルキアの前にサラッと姿を現すとか、細かな疑問は生まれてしまうが仕方がないだろう。
この回では「母親が殺された」という一護の言葉を誤解し、虚のせいではないかと訊いてしまうルキアの反省が描かれる。結果的にはグランドフィッシャーが絡んでいたため正解なのだが、その時点での一護の発言は「自分が母親を殺した」という意味であり、相手の気持ちを考えず心の傷を抉ってしまったルキアが後悔するという繊細な描写が光るエピソード。ただ、「そんなんじゃ友だち減りますよー」というコンの言葉に対して、「まったくだ…」と思い悩むルキアが凄く良かったので、アニメではカットされているのが悲しい。また、虚の登場を感知したルキアと一護が階段で再会し、2人同時に向きを変える印象的なシーンも、アニメでは西堂との戦いが事前にあったために共に駆け降りるという流れになってしまっている。一応原作の表現を踏襲してはいるのだが、やはり見心地がまったく違ってしまっていて残念。反省したルキアの「だから待つ」が凄く好きだっただけに…。一方で、木漏れ日の表現など、人物への影の付け方は特徴的で、比較的白の多い原作に新たなエッセンスが加わっていて好印象。
第9話「倒せない敵」
グランドフィッシャー編の最終回。第8話に引き続き、比較的アニオリが多いエピソードになっている。まずは西堂がグランドフィッシャーとの戦いに参入する点。といっても夏梨を守ってあっさりとやられるのだが。始解もしないでいきなり倒されるのはどうかと思うが、既に死神を喰らっているというグランドフィッシャーの並外れた強さをアピールする演出にはなっている。いやでも1話でルキアも虚に一撃でやられているし、今のところ死神に弱いイメージがついてしまっているような気も…。ただ一番の問題は死んだかと思いきや寝ていただけというよく分からないギャグが差し込まれ、ルキアの偵察に来たはずなのに最終的に特に何もせず尸魂界へと帰っていったことである。死神の世界のあれこれやルキアの力の譲渡が重罪であることを早めに示す意図はあったのだろうが、正直あまり必要を感じないキャラになってしまったのは残念。この段階でアニオリ死神を出す挑戦心が凄く好きだっただけに、扱いの雑さが勿体ない。
また、第2話から仕掛け続けていたグランドフィッシャーの暗躍にもこの話で決着がつく。原作では夏梨達をも喰らおうとしていたが、アニメでは死神を喰らいたいという欲求が一番になっており、夏梨と遊子も人質として襲われる展開になっていた。だが、グランドフィッシャーがこれまで一護が戦ってきた虚の親玉的な流れをしっかりと組んでいたにも関わらず、フィナーレとなる今回はそのことにほとんど触れず終わってしまっている。織姫の兄のことを開示してもっと一護をブチギレさせてもよかったのに、何のための誘導だったのだろうか。とはいえ、原作通りにグランドフィッシャーを倒したかと言うとそうでもない。グランドフィッシャーが疑似餌を一護の母の姿に変えて動揺を誘うが、母親の死に際の想いが疑似餌に宿り「誇りに思っているよ」という言葉を一護にかけたことで、彼が奮い立ち勝利に繋がるという構成に変更されている。この変更は一説によるとTV放送に先駆けて作られたオリジナルアニメ「BLEACH memories in the rain」との差別化を図るために行われたものらしい。こちらは未見なのでどの程度原作に忠実なのかは分からないが、DVDは比較的安価で入手できるようなので、観たらまた感想を書こうと思う。それはそれとして、アニオリのほっこりとした結末は久保帯人先生だったら絶対やらないだろうな…と思ってしまった。
しっかりと伏線を張っていった割にグランドフィッシャー戦の縦軸も、まるで最初から存在していなかったかのようにまったく機能しておらず、アニオリキャラの西堂もほとんどインパクトを残せず退場。また、たつきの家から帰る織姫が、一護の過去を知り遠くの彼を想うシーンでも、どうしてか再度巻頭歌が呟かれる。ここは原作では織姫がどうして一護に惹かれたのか、どうして彼に対して一方的にシンパシーを感じていたのかに気付き、一護への想いを強く自覚する重要な場面だったのに、なぜセリフがカットされてしまったのか。同じ巻頭歌は既に2話前で語られているというのに。またもアニメスタッフは一護と織姫のカップリングを避けようとしている説が濃厚になってきてしまった。
第1話から続くグランドフィッシャーとの戦いに決着のつくエピソードであり、アニオリで設定も変更してここまでの流れを汲んでいたにも関わらず、もっと変なアニオリを重ねて流れを一気に止めてしまっている。不出来というか、もう少し構成を上手く練ってほしかったなあという印象。
第10話「ぶらり霊場突撃の旅!」
原作6話分のエピソードがだいぶ端折られてアニメの1話分になっている。前後編に分けるぐらいのことはできたはずなのだが、こうなっているのはやはり制作陣にも「早く尸魂界篇をやりたい!」という思いがあったのだろうか。もちろん死神代行篇も充分面白いのだが、尸魂界に突入してからの面白さは突き抜けている。それらを体感してほしいがために死神代行篇は回り道をせずストレートかつ迅速に物語を進めていたのかもしれない。
漫画を開きながらこのぶら霊エピソードを観ると、織姫達がうっすらと死神一護を視認し覚醒しつつあるというような細やかな描写はひたすら省かれ、観音寺と一護の出会いにフォーカスした作りになっていることが分かる。その分スピーディーではあるため、見心地は悪くない。ドン観音寺が必殺技を放つ際に「Number One」が流れるギャップも面白く、ギャグテイストの回としてもうまく機能している。
第11話「伝説のクインシー」
遂にアニメにも石田雨竜が登場。観音寺の再登場がなくなり、試験結果にああだこうだ言う件も1回に削られているが、基本的には原作に忠実な筋書きになっている。それにしてもこの頃の杉山紀彰は『NARUTO』でサスケを演じ『BLEACH』で雨竜を演じる無双っぷりが凄い。おかげで自分の世代にはクールなライバルキャラの声として刷り込まれている気がする。石田が虚に矢を射る時の「疾ッ!」というよく分からない掛け声まで忠実に再現されていて素晴らしい。アニオリ要素はあんまりないが、安心して観られるエピソードだった。
第12話「やさしい右腕」
第1話ぶりに大西雅也さんが作画監督を務めており、とにかくキャラの目がキラッキラしている。チャドの顔の彫りの深さもしっかり描かれていて、チャド回に相応しい人選だったなと。ただ、相変わらずスピーディーな脚本ゆえに、一護と石田の虚狩り対決が始まったかと思いきや唐突にチャドパートに切り替わるため、チャド覚醒が若干急になっている印象も受ける。原作では丁寧に「一護の霊力に感化されて…」というようなことが前振りで示されるのだが、その辺りもカットしているので本当に突然チャドが力を手に入れたように見受けられるのだ。多少アニオリで盛ってでもチャドの覚醒はじっくりと描いてほしかったというか、やはり丸々1話は使ってくれたほうが個人的には良かった。
第13話「花とホロウ」
冒頭からコンが一護の前に現れて夏梨と遊子の無事を知らせるアニオリが追加。原作では「こっち方面は倒したから妹たちは大丈夫だろう」と一護が勝手に納得していたので、理屈をつける意味では良改変(家に帰ったからといって無事なのか、という疑問は残るが)。その後は際どいセリフや残酷描写をカットしつつ織姫の覚醒。盾舜六花の登場シーンはもしかすると、護廷十三隊や破面等、BLEACHお馴染み幹部大集結シーンの先駆けなのかもしれない。6人共デザインもキャラもまるで違っており、差別化が絶妙。盾舜六花自体はそこまで作中で重要キャラでもないのに、ここまでのこだわりを見せつける辺りがさすが久保先生。
残念だったのは、チャドと織姫が起きた後の浦原の説明がほとんどカットされていたこと。「否定しますか? それなら順番が違う」、辺りの言い回しが本当にかっこよかったし、優しい口調が一転して現実を突きつけるような厳しい声色に変わり、浦原の鋭さみたいなものが強調されるシーンでもあったので、ほぼオミットされてしまったのは悲しい。セリフのカットはここに限ったことではないのだが、初対面の2人にここまで言い放つ男という浦原のキャラクター性を示す場面なので、できれば忠実にアニメ化してほしかったところ。いや、私が浦原を好きすぎるだけかもしれないが…。
第14話「背中合わせの死闘!」
これまでで一番好きなエピソードかもしれない。それは出来が良いとか作画が凄いとか構成が面白いとか、そんな一般的な評価が理由ではなく、単純に「アニオリで挿入される雨竜と師匠の回想シーンがバカすぎるから」である。まずニッコニコの朗らかおじいちゃんにされた石田宗弦で既に面白いのだが、一護の霊圧が暴走し雨竜が天に矢を放ち必死に一護を助けようとする中で「たらいと洗濯板で宗弦と一緒に洗濯をする雨竜」「マントの上からエプロンを付けて炒飯を作る宗弦とそれを横から覗く雨竜」というバカすぎる過去回想ショットが挿入されて本当に笑い狂ってしまう。私はこういうバカオリジナル描写が見たくて何百話もあるようなTVアニメに手を出しているので、とにかく最高だった。
石田宗弦の凄さは原作でも後から分かってくるものだし、この時点での雨竜は「祖父でもある師匠が死神に見放された」ということしか語っていないため、どのような会話をしていたのか、どのように日常を過ごしていたのかは原作を読んでも分からない。だが、洗濯板を使う意味はもっと分からないし、炒飯を作るのに真っ白のクインシー衣装を着ている意味も全然分からない。どうして虚を滅する時の服装で家事をやるんだこの爺は。百歩譲って衣装は良いとしてマントは取るだろうが。この2つの回想の後に原作にもある宗弦が虚に囲まれるショットを挿入するのもアホすぎる。同列に扱うな。洗濯については原作でもなぜか屋上で干された洗濯物をバックに食事をするシーンがあるのでそこからの着想かもしれない。また、手芸や料理を得意とする雨竜のバックボーンを深掘りする意図もあったのかもしれないが、あまりに回想描写が現在の状況とかけ離れすぎている。一護が死ぬかもしれないという状況で、雨竜がこれまで抱え続けた死神との確執が幕を閉じるという段階で、どうして思い出すのが洗濯と炒飯なのか。あり得ない石田雨竜が誕生してしまっていて最高だった(ちなみに炒飯っぽく見えてるだけで実際何を作っているかはよく分からない。でも手際は悪そう)。
それとこの回から死神大図鑑というコーナーが始まっている。死神を数秒で簡単に紹介するのだが、本編に先駆けて白哉が登場しているのが面白い。普通こういうコーナーは主人公からスタートして、該当回に出てきた新キャラなどを特集するものであるべきなのに。アニメ未登場の人気キャラを先出しするということは、やはりアニメスタッフも早く尸魂界篇をやりたくてウズウズしていたのだろうか。
第15話「コンのウハウハ大作戦」
コンによるドタバタ劇と別れを惜しむルキアを中心に据えつつ、全体的にコミカルでちょっとしたアニオリも多めの回。キャスターの付いたサッカーボールのカゴを何故か片手で持ち上げて運ぶチャドの筋肉っぷりが最高。背景で小さく描かれるこういう小ネタに弱い。あと恋次のサングラスからの見え方がスカウターみたいになっているのも面白かった。また、原作ではぶら霊回前に描かれたコンのギャグ回をきっちりと拾って丸々1話を溜めに費やしていることを考えると、やはり死神代行篇は構成に強いこだわりがあるのだなあと。なお、この回からEDが変更されている。
第16話「阿散井恋次、見参!」
いよいよ死神と死神のバトルがメインになってきて、BLEACH黄金期の幕開け感がある。一護到着前に恋次達の前に石田が現れるのだが、恋次の斬魄刀に石田の矢の光が反射するアニオリ描写が挟まれていたりと芸が細かい。また、原作を読み直すと確かにこの場面でルキアが唐突に一護の前から消えるため、理由が不鮮明だとも感じた。小さい頃に観ていたのでそういうものだと頭では理解していたが、初見だとルキアが姿を消した理由が不鮮明なため、アニオリでの西堂の投入は判断としてはやはり慧眼だったと思う。
一方でこのエピソード、原作と戦っている場所(路上)は同じなのだが、原作でははっきりと描かれてはいなかった背景をぼかさずにずっと描写しているため、どうにも戦闘が安っぽく見えてしまう。原作BLEACHは背景の白さがよく揶揄されるが、それにはやはりかっこよさを引き出す効果があったのだろう。背景が付くことで、あんまり動きもなく道端でチャンバラをやっている感が露骨に出てしまい、見応えはかなり厳しいものに。原作通りやっているはずなのに全然受け取るニュアンスが違う。
また、最悪なのが一護の台詞「比べる相手がいなかったからよ!」がそのまま使われていること。斬魄刀の大きさを恋次に指摘されての返答だが、確かに原作では一護はルキア以外の死神とは出会っていないため、比較対象が存在しなかった。だが、アニメには前述の通り西堂が登場しており、彼の持つ斬魄刀は一般的な刀と同じくらいの大きさであるため、一護が「自分の斬魄刀が他の死神と比べて大きい」という考えに至ることは充分可能。脚本家の統率が取れていなかったのだろうと推察するが、アニオリキャラを投入しておいて、原作まんまの台詞を引用しその存在と矛盾させてしまうのは致命的なミスだと思う。ましてこの回で西堂登場の意味を反芻できたこともあり、余計にこのミスが痛い。
第17話「一護、死す!」
白哉の圧倒的な強さと浦原の妖しさが原作通り描かれていて満足感が高い。アニオリは特にないが、これまでの回と比べて比較的回想が挿入される回数が多くなっている。他のジャンプアニメよりは充分短いのだが、これまでそういった水増しが極端に少なかった分、やや目立ってしまっている。
第18話「取り戻せ! 死神の力!」
原作4話分を一気に消化するハイスピード。所謂修行編ではあるがこのスピード感のおかげでまったくダレていないのは流石である。気になるのは、織姫が一護に向ける「ケガしないでね、ううん、させない」の台詞が消えていること。やはりアニメ版は徹底的に織姫から一護への恋の矢印を隠蔽しようとしているように思える。まあこの頃の原作ストック分の内容を考えると一護とルキアのほうが仲が良く見えるというのは分かるのだが、何もここまで露骨に削らなくてもなあと。一体どういう意図があったのだろうか。
第19話「一護、ホロウに堕ちる!」
2つ前のサブタイトルが「一護、死す!」で今回が「一護、ホロウに堕ちる!」。どれだけ一護を苦しめれば気が済むのか。とはいえ今回、一護の表情や立ち絵がやたらかっこよく描かれている。虚にならず死神の力を取り戻すことに成功するという重要な回なので当然と言えば当然なのだが、力を取り戻した直後の仮面を付けた姿や仮面を割った後の顔つきが自分にとっての理想の黒崎一護の顔に近いというか、とにかくイケメンに見える。しかし、やはり気になるのが織姫から一護への想いがまたも消されていること。織姫がどうして尸魂界に行くのかと夜一に尋ねられ、「黒崎君を守るためです」と答え、自分の意志で盾舜六花を呼び出すことに成功するという彼女にとって非常に重要なシーンなのだが、そのセリフが削られている。もうここまで来ると絶対に織姫と一護をくっつけたくないという強い意志を感じてしまう。また、第7巻の巻頭歌がルキアの心情として使われていることにも注目したい。個人的にはこれはルキアが処刑される事を知った白哉の心情を捉えていると解釈しているが、別に定義されているわけでもないのでこういう使い方もアリだなと唸った。
第20話「市丸ギンの影」
とうとう死神代行篇最終話。20話と聞くと長く感じるが、実際は原作8巻分を怒涛の勢いで消化するかなりのハイペース。まずはやはりサブタイトルがダサい。そしてこの回ではまだ市丸ギンが何やら怪しいということを醸し出してすらいないのにいきなり「影」とか言う辺りもまったくセンスが感じられない。何ならこの時点では剣八のほうが物騒である。尸魂界に関して言えば、阿近達の描写がごっそり削られたのもショックが大きい。ルキアの義骸が規格外であったことが言及され、更に浦原の謎が深まっていくはずなのだが…。
浦原商店前で全員が合流し、一護が「なんでだよ!?」と戸惑うシーンはフォローされていて良かった。原作だと商店に向かう中で織姫と合流した一護が「浦原さんから聞いてはいたけど」くらいで済ませてしまっており、実力を知っている石田はともかく、覚醒後の力を見ていない織姫とチャドをしれっと巻き込んでしまっていたので違和感があった。しかも織姫がたつきに「絶対帰ってくる」と約束し、それを一護にも話すことで更に彼の覚悟も増すという鉄壁の補強っぷり。ここまで織姫の想いをひたすら削除していったアニメとは思えないくらい織姫を立たせている。
総括
第1話~第20話までの死神代行篇。主なポイントとしては3つだろう。
- 他のジャンプアニメに比べて異常なほどのハイペース
- 織姫が一護を想う描写をほとんど削除
- Number One
まず1に関して補足しておきたい。『BLEACH』と同世代の作品で言うと、『ONE PIECE』や『NARUTO』『銀魂』では、20話時点だと第5巻に相当する内容をTVアニメで描いている。『銀魂』に関しては原作も単発回のような内容が多いのでそれに合わせている部分もあるのだろうが、連続性の高い『ONE PIECE』や『NARUTO』でさえ5巻程度しか進んでいない中で、『BLEACH』は8巻分。その他のいくつかのジャンプアニメについても調べてみたが、ここまで原作消化スピードが早い作品はないと言ってもいい。何ならそもそも2クールと期間が決まっている『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』よりもペースは早い。もちろんこの2作にあるような作画の向上やアクションの盛りはほとんどないに等しいのだが、それでもこのスピードは異常である。ただ、その背景としては原作台詞のオミットがある。際どい下ネタや過激な台詞、長ったらしい説明を極力省いていくことで、他のジャンプアニメにはない異様なスピード感が担保されているのだ。しかしただ省くだけでなく、オリジナル死神を早期に登場させる、グランドフィッシャーを中ボスとして序盤から存在を強調するなどの意欲的な挑戦も盛り込まれている。もちろんそれらが効果的に機能していたかどうかは怪しいが、まだキャラクター数が少ない死神代行篇を1つの物語として再構築しようという気概は感じられる。シリーズ構成に関しては評価したいところ。
2については1と似てもいるのだが、ただ織姫が割を喰ったというだけでは済まされないほどに、彼女の描写が削られていた。ネット上ではこれを理由に旧アニメ版を執拗に貶すようなポストも見られて非常に不快だったのだが、確かに原作との違いに注意して鑑賞すると何かの思想を感じてしまうほど不自然なのである。とはいえこれに関して久保先生やスタッフがインタビュー等で言及しているという話は見つけられていないので正解は出せないのだが、自分がまだ『BLEACH』を読めていなかった時、最終回の展開を知って大いに驚いたのはこのアニメ版が馴染み深かったのもあるかもしれない。
そして3。とにかく劇伴のかっこよさ、金属音のような鋭さが印象的なものの多い劇伴だが、やはり英語歌詞のついた「Number One」はテンションを完璧に誘導してくれる。もうこの曲をアガるタイミングで流しておけば全てOKというくらいに隙がなく、この曲に出会わせてくれただけでアニメ版BLEACHに感謝したいくらいである。第20話、「斬月!」と叫び覚醒する一護のシーンは鳥肌もの。令和の今からすれば作画のクオリティはそこまででもないかもしれない、いやむしろ低いほうかもしれないが、それでも「Number One」を流せば物語が引き締まる。何ならOPやEDよりもインパクトが強く、このテーマソングそれ自体がアニメ版の斬魄刀と言えるだろう。
一護が尸魂界に突入し、ここからは護廷十三隊も登場することで一気にキャラが増えていく。そしてずば抜けた個性を持つキャラ達の死闘という、『BLEACH』で一番脂の乗った部分がついに解禁される。死神代行篇は充分に面白いが、これですらまだ助走の段階なのだ。むしろここから『BLEACH』の本編が始まると言ってもよいだろう。本当なら各OP/EDについても色々と書きたかったのだが、各篇で区切られているものでもないので、いつかまとめて書くことにしようと思う。ということで『BLEACH』の死神代行篇の感想でした。
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