映画『366日』ネタバレ感想 病人が多すぎる

映画「366日」オフィシャルフォトブック

 

 

ここ数年、自分世代の有名なヒットソングをベースにした映画が増えてきたような印象がある。中島美嘉の『雪の花』、中島みゆきの『糸』。それに引き続き自分の中では3作目のような気がしているが、調べてみると楽曲を原案にした映画はそう珍しいわけではないらしい。だが、今回の『366日』はまさに世代ど真ん中。一世を風靡し、どの店に入ってもこの曲が聞こえてくる時代を過ごした自分にとってすごく身近に感じられたし、普段映画を観ない人にも「あの曲が映画化するんだ!」と取っ掛かりになるというのもよく分かる。正直HYのファンではないので『366日』をしっかり聴くのも当時ぶりなのだが、それでもやっぱり怖いくらい憶えている。嫌でも頭の片隅にこびりついて離れないヒットソングに対して、人間はどこまでも無力なのだ。

 

『366日』は去年、広瀬アリスと眞栄田郷敦の共演でドラマ化も果たしている。しかも月9。自分は観ていないのだけれど、内容は映画とは異なるらしい。調べてもドラマと映画の関係が分からず、製作陣のインタビューでも触れていないし、映画にフジテレビが関わった形跡もない。偶然同じ曲をモチーフにドラマと映画が同時進行していた…とは考えにくいのだが、どうなのだろう。この辺り知ってる方がいたら教えていただきたい。

 

それでは感想。結論から言うと、泣いた。まあ泣いた。王道の感動映画だと思う。コテコテというか、もう「よっ!待ってました!」と叫びたくなるくらい。『366日』をベースにしてる時点で結末がビターになることは予想できるし、観客の多くも「泣ける映画」を求めてくるはずなので、ちゃんと感動が伴ってる映画になってるのは素晴らしいことである。世間的にはこういった映画を感動ポルノと呼ぶこともあるが、感動したくてお金を払った観客をちゃんと感動させるのは別に悪いことではないと個人的には思っている。むしろ世の中に溢れる予告詐欺映画の方がタチが悪い。需要と供給は常に一致させるべきなのだ。

 

赤楚衛二演じる湊と上白石萌歌演じる美海の距離が近づいていく一連のシーンも、その後の悲劇が予想できるからこそ効いてくる。主演2人が自ら撮影したという思い出の写真の数々。その素朴さは私達にとっても共感できるもので、何より2000年代を生きた私にとってはiPhoneのカメラロールよりも、インスタントカメラでふと撮ったような画質なのが嬉しい。ガラケーや古いスマートフォンも登場し、時代の移り変わりを小物で再現してくれたのはとても良かった。物語への没入感を高めてくれるだけでなく、『366日』が日常に流れ込んでいたあの頃を追体験させてくれる機能まで搭載している。着メロが当たり前で、ケータイ小説が流行り始めて、『赤い糸』を読んでる同級生の女子がひっそりと教室の隅で感想を語り合っていたあの時代。劇中で2人が交換するMDの選曲も、あの時代と私たちを繋ぐ重要なトリガーになっている。

 

私が観た回はちょうど放課後だったのか、高校生の観客が大半を占めていた。カップルもいたし女子同士もいたし、大勢で観に来たグループもいた。彼等は2000年代に生まれたのだろうし、この映画を観に来たきっかけは、恋愛映画だからとか、赤楚衛二が出てるからとか、そういう類のものかもしれない。ただ、そういう人達でも、あまり経験していない2000年代の空気感に浸れる良さはあったと思う。自分も90年代を舞台にした映画(90年代公開というよりも00年代以降の作品で舞台が90年代の映画)を観ると、知らない世界を垣間見るようで何となく憧れを感じることがあるが、それに近いものをこの映画は内包していた。

 

ストーリー展開はかなりベタな本作。ではそこにオリジナリティとして何を足したかというと、「2月29日」と「沖縄」である。

2月29日は4年に1度の閏年にしか存在しない日付。上白石萌歌演じる美海はその日が誕生日という設定になっていた。これは言うまでもなく「366日」のタイトルからのインスピレーションであり、ドラマ化した『赤い糸』の設定と同様である。『赤い糸』を観たことも読んだこともないが、当時散々CMが流れていたので、主人公2人が共に2月29日が誕生日同士であるところから仲を深めていくのは知っている。

 

2月29日生まれという甘美な響きだけでなく、この映画はとにかく映像の明るさに目を奪われる。体感だが映画の8割は背景が青空か海で、どこまでも澄み切っているのだ。冬の場面ですら夏の暑さを感じさせるほどのトーンでの演出は、それこそ2000年代にはまだ難しかった技術だろう。加工された映像である作り物感は否めないのだが、2人が高校を卒業した後ですら沖縄の空から青春が降り注いでいるので凄い。海沿いの小高い道を2人が自転車で走ったりと、まるでPVのような映える映像がずっと広がり続けている。その眩しさは直後に訪れる2人の別れをより際立たせる装置でもあり、同時にその痛みを和らげる鎮痛剤ともなっていた。沖縄どころか2人は上京後も何故か海でキスをしている。この映画はひたすらにロケーションの勝利みたいなところがあり、屋外のシーンは大画面で綺麗な景色を見られるというだけで心が洗われていくようだった。

 

ただ、ツッコミどころは当然山ほどある。湊と美海、そして美海の幼馴染である琉晴だけでほぼ完結してしまう物語で、入り組んだ部分もなく頭にスッと入ってくるのは嬉しい。だが、感動のために削ぎ落とされた部分はなかなかデカいとも思う。

まず私が気になったのは湊と美海の同棲している部屋。上京後、おそらくすぐに彼等は同棲を始めるのだが、その部屋があまりに広い。湊は社会人になりたてで、美海は就活中。それなのにあんな広い部屋でおしゃれな家具や雑貨を揃えられるはずがない。これは時代背景など関係なく、当時でも20代の男女ではどう考えても無理だろう。家具と雑貨が若干アジアンテイスト寄りなのも笑ってしまう。2人が沖縄出身だから自然と部屋がそうなるのだろうか。最近のTVドラマだと二人暮らしでももう少し雑然としていたり、部屋が割と狭かったりするのだが、この映画は部屋作りにとにかく予算を割いている。いや確かに青空と沖縄の海が印象的な屋外のシーンに対して、部屋が六畳一間とかだったらかなり味気ないとは思う。しかし、湊が美海に苦労を掛けたくないからと別れを切り出したにしては、生活に余裕がありすぎる気もするのだ。決定的にダメとは言わないまでも、この辺りにかなりファンタジーを感じてしまった。まあ、それを言えばもうこの映画自体がかなりファンタジーなのだが。

 

後は病気が続きすぎる。湊の母親の死で2人の関係がスタートして、その後湊が白血病になって、最後は美海が中学生くらいの子どもを残して治らない病気に罹る。感動映画と難病はご飯と味噌汁くらいテッパンの組み合わせだが、主人公カップルが両方病気なのは凄いなと思った。湊と美海の出会いは湊の母親が入院していた病院だし、高校生の時に湊が美海に再会したあの海岸にいたのも母親が亡くなったからだし、2人の別れの原因も湊の病気だし、2024年の美海が娘に湊との思い出を見せるのも自分の死期が近いからだし。この映画は何かしらのスタートに必ず病気を持ってきている。登場人物も限られた映画なのにあまりに病人が多すぎる。まあそれが感動に繋がってるので一概に否定はできないのだけれど。

 

美海に迷惑をかけたくないからと病気のことを隠して別れを切り出した湊と、その別れの言葉を素直に受け取り妊娠を言い出せなかった美海。愛し合っていたはずの2人がすれ違い、結果的に別々の人生を歩んでしまう様はやはり心が痛かった。子どもは自分の子だと美海の両親に咄嗟に嘘をついてまで、美海を支え続けた琉晴の思いもきちんと伝わってくる。彼にとって湊は邪魔者でしかない。それと同時に、勝ち目がないと分かってもいるのだろう。だからこそ、結婚式前日に湊に帰ってくださいと頼むし、美海が彼のポストに投函したMDを勝手に拾ってしまうのだ。彼が最後にMDを回収したことを美海に告白するシーンも泣いたし、それをあっさり受け入れる美海の器の大きさにも泣いた。ただ、琉晴が自分の子どもだと発言したことがその場では本気モードだったのに、結局美海の両親はそれを信じてなかったのかなというか、その辺は気になった。突然、結婚直前のシーンで他人の子どもを支え続けた琉晴に美海の父親がお礼を言い出したりと、状況の理解が追いつかない。

 

あと惜しかったのはMDである。『366日』を元にした映画ということもあり、HYの楽曲が印象的に用いられる本作。366日のサビで湊がバスを降りて走り出すのなんてもう本当に最高。早くも2025年のベスト走り出し賞をあげたいくらい。赤楚衛二の走り方がちょっと文化系なのも良い。そしてラストは美海の娘が持ってきた美海からのメッセージが吹き込まれたMDを湊がレコーディングルームで聴くのだが、これが非常に勿体無い。まず、レコーディングルームなんだからスピーカーで聴けよ!持参したMDプレーヤーなんかじゃなくてさ!!ロケーションを意識した画作りなのにレコーディングルームはハリボテかよ!!!少し前のデバイスを敢えて使うエモさは確かに分かるし、自分もロボットアニメで主人公の機体だけが旧式とかそういう展開に燃えるタイプだが、それは「え〜今時MD?」みたいな邪な目線があって初めて発動できるエモさ。時代がどれだけ移り変わってもツッコミもなしにずっとMDを使い続ける奇妙さがとにかく不自然だった。

 

娘なんてMDプレーヤーを見る機会すらないだろうに。娘には謎の付き添い幼馴染もいたのに(齋藤潤くんが演じてたので許したが、全然必要ないポジションだったなあれ…)、全く言及しない。レコード会社に勤めている湊ですら何も言わない(いきなり娘が出てきて動揺したのもあるだろうけど)。というか、美海もあの時代に普通MDに音声入れるか??

 

いや2人がMDでやり取りをするのは全然構わないし、むしろ2人の出会いがMDだったことを考えるとMDでやり取りを続ける方が絶対いいんだけど、だとしたらやっぱり「MDって古いよね」みたいな目線を持ってほしかったなと。その古さを認識した上でのエモーショナルなので。2020年代にMDでのやり取りというのは2人だけの秘密基地感があってかなり良かったのに、そこだけが本当に勿体無い。というか、携帯電話の移り変わりも含めて時代の変遷に真剣だったのに、どうしてそこはおざなりなんだ。

 

とはいえ、しっかり泣けたのでトータルとしては悪くない。リアリティよりも感動を重視するほうが楽しめる作風なのは予告を観れば分かることである。「あなたの匂いや しぐさや全てを」という『366日』の印象的なフレーズが、形を変えて美海から湊へのメッセージになっているのもかなり良かった。ただ、HYの楽曲を互いにMDに入れて交換するやり取りをしながら、結局元ネタになった『366日』について一切言及がなかったのはちょっと違和感。この映画は『366日』が存在しなかった世界線の物語なのだろうか。まあここに言及していたら美海のメッセージが歌詞をなぞらえたのがメタ的以外の意味も持って逆にチープになってしまうが。後は、2人の約束であった「誕生日に湊から美海へオリジナルソングを贈る」というのも、結局オリジナルソングを赤楚衛二が歌うことなく終わってしまい悲しかった。そのシーンで本作の主題歌であるHYの新曲『恋をして』が流れてそのままエンディングに突入するが、どう考えても湊の声じゃないしな…。長く引っ張った割に肩透かしを喰らった気分。あとこっちの曲もMD収録なの、本当に意味が分からない。レコード会社に勤めてる湊がどうしてMDなんだ。データか、せめてCDだろうが。というか、娘からMDをもらった時点で「まだMDなのかよ…」とか言って、自分の曲もレコーディングスタジオの人に急いで頼んでMDに入れてくれれば美海が自分を想ってくれてることと、それに湊が気付いたことも演出できて最高だったのになぁと。

 

 

 

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